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評者◆粥川準二
ハーバード大学の学長が「盗用」で辞任。その背景にあるものは?――属性(黒人、女性)が憎まれ、その後で罪(些細な引用ミス)がほじくり出されたようだ
No.3627 ・ 2024年02月17日




■一月二日、日本中が能登半島地震による被害に戦慄している最中、ハーバード大学のクローディン・ゲイ学長が辞任を表明したことが伝えられた。ゲイは同大学で初めての黒人学長で、二人目の女性学長。その任期は史上最短であった。専門は政治学と人種問題。辞任の理由は「盗用疑惑」と「反ユダヤ主義への対応(許容)」だと伝えられたが、各メディアによって説明の重点が異なる。筆者は「盗用ならば仕方ないな」と思ったのだが、よく調べてみると、事情は単純ではない。整理してみよう。
 昨年一二月五日、米国議会下院教育労働委員会の公聴会に、ゲイとマサチューセッツ工科大学とペンシルベニア大学の学長が出席した。共和党のエリス・ステファニク議員は同公聴会で三人の学長に、イスラエル・ガザ戦争に関連して、学生たちが“ユダヤ人の大量虐殺”を呼びかけていることが、大学の行動規範にもとづくハラスメントにあたるかどうか質問した。ゲイは「文脈による」と答えた。この公聴会の映像はすぐに拡散された。この質疑に応じて、議員七〇人以上が三校に対して学長の解任を要求した。四日後、ペンシルベニア大学の学長は、財界の同窓生や大口寄付者らの批判を受けて辞任した。なおステファニクはハーバード大学出身で、親トランプとしても知られる。
 一方、ゲイの辞任の引き金となったのは、「盗用」疑惑であった。
 今年一月一日、『ワシントン・フリー・ビーコン』は、ゲイの論文から五〇件近くの盗用疑惑が見つかったと報じた。同紙は、ゲイの論文の一部と、彼女が盗用したとされる著作物の一部を比較して見せた。たしかに似た表現がある。ところが同紙では、ゲイに盗用されたとされる学者自身が「心配していない」、「これは学術的な盗用の例とはほど遠い」とコメントしている(Aaron Sibarium, “Harvard President Claudine Gay Hit With Six New Charges Of Plagiarism,“ Washington Free Beacon, January 1, 2024)。
 また英紙『ガーディアン』のある記事によれば、ゲイの盗用疑惑を調査したハーバード大学の委員会は、「不適切な引用が数例見つかった」が、同大の研究不正基準を違反してはいない、と判断した。同紙記者は、ゲイの論文を高く評価した同大もそのミスを見逃していたにもかかわらず、ゲイだけが責められるのは「不公平に見える」と指摘。そのうえで「ゲイに対する盗用疑惑の多くは、ゲイの社会正義に焦点を当てた学問を弱体化させ、一流の黒人学者としての信用を失墜させようとする薄っぺらい努力」だと断定した(Andrew Lawrence, “Harvard\'s Claudine Gay Was Ousted for `plagiarism\'. How Serious Was It Really?, \"The Guardian, January 6, 2024)。
 『ニューヨークタイムズ』のある記事は、前述の『ビーコン』の記事やその情報源の告発文を分析したうえで、こうまとめている。「彼女〔ゲイ〕が訴えられているのは、大きなアイデアを盗んだということではなく、他の学者の論文にある言葉をコピーし、単語やフレーズを置き換えたり、並べ変えたりした小さな変更である。多くの場合、問題になっているのは技術的な定型文である」(Anemona Hartocollis, “What to know about the latest plagiarism accusations against Claudine Gay,\" The New York Times, January 2, 2024)。
 一方、保守活動家でマンハッタン政策研究所のクリストファー・ルフォは一月四日、自身のニュースレターで、デンマークのデータサイエンティスト、ヨタナン・パルセンのインタビューを掲載した。それによると、パルセンはゲイの盗用ではなく、データの扱いにおける問題を指摘したうえで、こう述べている。「大学が選考プロセスを能力にもとづいて実施せず、人種や性別にもとづいて人々を優遇していることはよく知られています」(Christopher F. Rufo, “Claudine Gay\'s Data Problem,\" City Journal, January 4, 2024)。
 『ガーディアン』によると、パレセンは二〇一九年に発表した論文で、遺伝学的な調査でユダヤ人の「高い認知能力」が確かめられたと主張した。しかし同じデータを使っている専門家たちから、「相関関係を因果関係と取り違えているように見える」などと厳しく批判されていることを同紙は伝えた。しかもパレセンの共著者には、人種主義、優生主義的な主張で知られる人物たちが含まれていた(Jason Wilson, “Scientist Cited in Push to Oust Harvard\'s Claudine Gay Has Links to Eugenicists,\"The Guardian, January 14, 2024)。
 経済学者のロバート・ライシュは、大口の寄付者たちが大学の運営に影響力をおよぼすことに警戒を促した。「ユダヤ人である私は、これらの寄付者たち(その多くがユダヤ人であり、その多くがウォール街出身者である)の行動が、裕福なユダヤ人銀行家が世界を支配しているという古くからの固定観念にもとづく、彼らが反対している反ユダヤ主義そのものを煽ることになるのではないかと心配せずにはいられない」(Robert Reich, “Powerful Donors Managed to Push out Harvard\'s Claudine Gay. But at What Cost?, \"The Guardian, January 3, 2024)。
 「罪を憎んで人を憎まず」ということわざがあるが、このゲイの事例では、人、というかその属性(黒人、女性)が憎まれ、その後で罪(些細な引用ミス)がほじくり出されたようにしか見えない。
(叡啓大学准教授・社会学・生命倫理)







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