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評者◆紅い芥子粒
ノーベル賞作家の二重小説。共通項はミシシッピ河。
野生の棕櫚
ウィリアム・フォークナー著、加島祥造訳
No.3625 ・ 2024年02月03日




■帯には、「二重小説」と、大きな文字。フォークナーといえばノーベル文学賞作家。きっと、いっぷう変わった小説にちがいないと思い、迷わず買ってしまった。
 目次を見ると、野生の棕櫚、オールドマン、野生の棕櫚、オールドマン……という具合に、ふたつの小説のタイトルが、交互に並んでいる。それぞれ五章まであり、『野生の棕櫚』と『オールドマン』は、独立した二つの小説で、作中の人物がどこかで交流したり、物語に接点があったりということは、まったくない。共通するものがあるとしたら、たったひとつミシシッピ河だ。
 『野生の棕櫚』は、若い研修医と若い人妻の道ならぬ恋の物語である。ミシシッピ河の河口の都市、ニューオーリンズの医者が所有する別荘に、若い男女が転がり込むところから始まる。転がり込んだ男の名は、ハリー。女は、シャーロット。ハリーは、27歳の元研修医で、シャーロットは25歳だが二人の女の子の母親だ。ハリーとシャーロットは、あるパーティで出会って恋に落ちた。ハリーは医者としての将来を棒に振り、シャーロットは幼い娘たちを捨てて、二人だけの愛の世界を求めて無謀な旅に出る……。
 『オールドマン』といっても、老人の物語ではない。ミシシッピ河の俗称が「オールドマン」なのだ。ミシシッピ州に塀のない刑務所があり、刑務所の棉畑で懲役刑に服していたひとりの囚人が、主人公である。主人公なのに名前がない。彼とか、のっぽの囚人とか、背の高い囚人と記される。流域の肥沃な土地には、刑務所の棉農園があった。1927年の大洪水のとき、のっぽの囚人は、25歳ぐらいだった。正確な年齢などわからない。そういう生まれと育ちだったのである。罪名は、列車強盗未遂。19歳のときだった。まったくの失敗で、何も盗んでいないし、一人も殺していないし、おどしに持っていた銃はオモチャのようなものだったのに、彼に課された刑は百年以上の懲役刑だった。じとじとと降りつづく雨、じわじわとあふれ出る河の水。棉農園も水底に沈む。背の高い囚人は、とりのこされて木にしがみついていた女を助けにいくよう看守に命じられ、小舟で水の中に乗り出す。助けた女は妊婦だった。ふたりはそのまま、濁流に流され……。
 『野生の棕櫚』では、ふたりだけの愛の世界を求めるシャーロットが妊娠を受け入れられず、元研修医のハリーに手術を迫る。男女の道行きの結末は、悲劇的で最悪のものになった。
 いっぽう『オールドマン』の男女は、女は小舟の上で自力で赤んぼうを産み落とし、赤んぼうは洪水の中でも力強く生きぬき、男は目をみはるような活躍で、二か月ものあいだ女と赤んぼうを守りぬいた。
 『野生の棕櫚』のハリーとシャーロットが求める愛の世界は、観念的でひ弱だ。『オールドマン』の囚人と助けた女の間には男女の関係があったわけではないが、根源的な愛の世界を形作っていたような気がする。囚人のふるまいは、野性的で荒々しいものだが、あたたかさがあった。洪水の小舟の上で出産し、あかんぼうを守りぬく女は、強くたくましい。
 巻末の解説によれば、フォークナーが書いていたのは『野生の棕櫚』のほうで、そこにはどうしても欠けているものがあると思い、それを補う意味で『オールドマン』を書いたのだという。







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