書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆志村有弘
草原克芳のやりきれない人生の厳しさと悲哀を綴る小説(「カプリチオ」)――花島真樹子の戦中・戦後を舞台に理不尽な差別で家族や多くのものを失った旧友の姿を描く小説(「遠近」)
No.3624 ・ 2024年01月27日




■小説では、草原克芳の「マグリット給水塔のある団地」(カプリチオ第54号)が秀作。「わたし」の住む団地の一室から異臭がし、ミイラ化した母親の遺体が発見され、同居の息子龍也が警官たちに連行された。「団地の噂の発信源」立花夫人の話では龍也の母親は団地に来る前は社長夫人であったが、夫の失敗等で、ここに流れ着いたのだという。母親は龍也に「敗戦した日本国の、いわば植民地総督」である検事総長になるようにと、勉強させていた。一方、「わたし」は部長に押しつけられ、社員に退職を言い渡す「嫌な役目」をしている。「忍耐と調整、これで人生の大半は何とかなる」など、ユーモアさえ感じる作者の人生哲学が面白い。末尾部分で、「わたし」に部長から「君の今後の進退問題について」話がある、というメールが届く。人生の悲哀を痛切に感じる作品であるが、豊富な語彙、優れた構成力に感服。
 花島真樹子の「再会の日」(遠近第84号)が、心に重く印象づけられた。作者は「戦争を知る世代が少なくなってきているいま、私は戦争を知る残り少ない一人であろう」という前書きを置き、作品を展開して行く。「私」(いづみ)は東京から埼玉県の集落に疎開して小学校の五年・六年を過ごし、そこで江川良子(朝鮮人)と親しくなった。良子一家に注がれる差別視。「私」とて疎開してきた「よそ者」。良子の母は赤ん坊を背負い、電車に飛び込んで死んだ。良子が「私」にくれた牛肉は良子の父が盗んだ牛を殺したものらしい。良子一家は集落から姿を消し、歳月が流れた。高校三年の「私」は新宿で偶然良子と再会した。濃いアイシャドウ、アイラインで目を描いた良子はいづみにケーキを食べさせ、輸入雑貨店で買った口紅を強引に手渡した。良子はヒロポン注射をしており、「春灯」とか「夢の里」とかの店名が見える場所に行き「ここが私の居場所よ」と言った。「私」は良子を正視できず、「良子ちゃん、ごめん……」と言って、人込みの中を駆け出す。「私」は、良子が「理不尽な差別によって、家族のすべて」や「あまりにも多くのものを失った」と思う。優れた構成力と見事なストーリー展開を激賞したい。
 随想では、小邑咲也の「城崎にて」(日曜作家第44号)が佳作。志賀直哉の「城の崎にて」については「偶然出くわした生き物たちの生と死。自身の命と共に彼らの命を見つめ、より深く彼らの心境へと思いを収斂させて行ったと思われる」と述べる。古書店の目録で注文購入した和本『但州城崎浴湯辨』も興味深い。祖父江次郎の「詐欺?」(季刊作家第102号)は、奇妙な電話の話を記す。数年前、未知の人から「季刊作家」に寄付をしたいので振込先を教えてほしい、と言ってきた。「ほかの編集委員に相談して決めるから連絡先を教えてほしい」と言うと、相手は何も答えずに電話を切り、その後、電話は掛かってこなかった。作者は「詐欺?」と書いているが、おそらく詐欺であろう。同誌掲載西村啓の「……と……と(十九)」は、「言葉ほど豊かで奥深く不思議で難しく、そしておもしろく興のわくものはない」という書き出しで「人と噂」など十八項目について、参照した文献や内容に関連する人物名等を記し、自分の見解・解説を綴る。「納豆」の上手な食べ方は、よくかきまぜ、タレは酢がよく、さましたご飯にかけ、朝より夜に食べるのがよい、と記す。そうなのか、と教えられることが多く、いずれ〈日常生活ものしり事典〉とでも題して一冊になるとよいが、と願う。
 詩では、宮川達二の「岩保木水門の夕陽」(コールサック第116号)が、冒頭に齋藤 の歌「眼つむればシラルトロ湖もトーロ湖も溶けて釧路のはなしのぶ色」を置き、「この歌に促されてここまで来た」と述べ、 が「七十八歳の晩年」に釧路湿原を訪ねたことに思いを馳せる。岩保木水門は「釧路川の畔に佇む」と記し、雄阿寒岳、雌阿寒岳の「勇壮なシルエット」を「臨」み、「記憶の底に止めたい釧路湿原の光景/いつしか、私の心の眼に/釧路の「はなしのぶ色」は浮かぶだろうか」と結ぶ。宮川の詩から晩年の の北海道の旅の様子にも強い関心を抱いた。
 高森保が「欠伸 僕の小学校時代」(九州文學第583号)で、国民学校六年のとき、担任から受けた悲憤の仕打ちを綴る。仕打ち事件の直後、母の代わりに育ててくれた祖母は「衰弱して」いて他界するのだが、祖母の優しさは限りなく美しい。高森は当時、「手榴弾配ってもらって敵戦車と対決自爆」と、「そんな漫画みたいな 不貞腐れた気持ちだった」とも回想している。「九州文學」同号掲載、林恭子の「耳」は、「勝った、勝ったと言うけれど/新聞の片隅には/玉砕といくつか出てますよ」・「大声で言っては駄目だ/静かに/何処で/誰が聞いているか/気を付けろ」・「今でも耳の奥底に残っている/八十路を過ぎても」という戦時中の疑心暗鬼の日々を伝える作品。高森・林の詩は、決して忘れてはならない日本人の〈記録〉である。
 「歴史と神戸」第359号には野坂昭如ゆかりの「二五年目の火垂るの墓を歩く会」の内容が写真や地図を入れて伝えており、これは「戦争の歴史を学び、平和について考える学習企画としての性格も持っている」と記す。近年、戦時中のことを題材とする作品が多い気がする。
 俳句では、中園倫の「露の音」(九州文學第583号)と題する「かへり来ぬ人待つ夜々の露の音」、俳人の孤愁がひしひしと。
 短歌では、天草季紅の「さて、」第14号掲載「廃線」と題する作品中に「ほたるとぶ夏のくさむら尾をひいて地の流れ星ひとつ消えたり」・「夏草の崖に錆びたるレール見え日高本線 波音ばかり」という作品世界の「寂」と作者の静謐な姿。
 「心の花」(竹柏会)が一五〇〇記念号を刊行した。明治三十一年創刊というから、伝統を守り続ける人たちの弛まぬ努力にひたすら畏敬の念。佐佐木幸綱が「巻頭言」に「充実した特集」と記しているように、後世に伝える貴重な文学資料となり得ている。
 「あるかいど」第75号が小西よしの、「絵合せ」第6号がなかにし礼、「さて、」第14号が崔龍源、「新宴」第112号が大野とくよ、「北斗」第702号が三浦てるよ、「吉村昭研究」第64号が大河原光夫と中山士朗、「LOTUS」第52号が救仁郷由美子の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。(文中、敬称略)
(相模女子大学名誉教授)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約