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評者◆稲賀繁美
チャイナ・ドレスの展開に植民地帝国の陰翳を読む――「服飾・装飾」から東アジアの「モダン」を考える
No.3622 ・ 2024年01月06日




■チャイナ・ドレスとして知られる衣装は1920年代後半に展開を見せる。その起源は満州族女性のチーパオとされるが、これは漢族側の呼称。満州語ではチャンイーと呼ばれる貫頭衣が1920年代後半に流行を見る。研究者の劉瑜さんは1927年刊行の『北洋画報』に掲載の写真にその原型を見る。北方の衣服ゆえ布地も厚く、肘まである袖がラッパ状に広がっている。これを見て、咄嗟に思い出した。関東洲大連にいた祖母が同じチャンイーを纏った家族写真である。
 満洲の天然資源積出港、大連は当時、人口25万を超え、大発展の過程にあり、1925年には大連勧業博覧会が開催される。中華民国と張り合うだけでなく、都市計画や教育水準でも東京に負けてなるものか、といった「外地」の意気込みが横溢していた。「内地」の首都・東京や横浜は1923年の関東大震災で激甚な被害を受け、文化の中心も関西に移動していた。
 第一次世界大戦の終了とともに、欧亜の交通は格段の進歩を遂げる。パリへの藝術家の留学も頻繁となるが、1920年には児島虎次郎がチマ・チョゴリの若い女性を描いた《秋》がサロン・ドートンヌに入選する。当時のパリの最新流行は女性の体をコルセットから開放したが、その立役者ポール・ポワレの代表作も同年に現れる。女性デザイナーの活躍も顕著で、マドレーヌ・ヴィオレは日本のキモノに着想を得た斬新なワンピースを提案する。
 当時、上海での最新流行はパリと同期していたが、ここで展開を見せたのが、今日言うところのチャイナ・ドレス。辛亥革命後の中華民国では満族の辮髪や衣装には禁令が発布されたが、その満洲起源の東洋趣味の衣装が「魔都上海」で、パリの最新流行と融合したのではなかったか。
 日本で「モダンガール」と呼ばれる新女性の出現は、斎藤光氏の調査によれば、1923年の震災直前。だが着飾った貴顕の子女や映画俳優などのブロマイドは、東亜でもすでに絵入り雑誌で広く流通しており、上海と関西圏とには濃密な海上交易が展開していた。その大阪から東京に移ったプラトン社の廃業後、銀座資生堂で広告宣伝に携わり、「花椿」で著名な山名文夫が「アール・デコ」そして「モガ」意匠の推進者。「モガ」の街頭写真も銀座を起点に流通する。今和次郎の「考現学」の同時代統計調査では、当時なお洋装は大東京の目抜き通りでも少数派、岡本慶子氏の調査によれば、花嫁衣装にも洋装など皆無の時代である。
 日本人画家の手になるチャイナ・ドレスを纏った女性像といえば、安井曾太郎の《金蓉》(1934)が著名だろう。モデルの小田切峯子は上海総領事令嬢で数ヵ国語を操り、才色兼備の誉も高かった女性。流行最先端の装いとも窺えるが、前年の1933年には日本は「満洲事変」を受けジュネーブに本部を置く国際連盟からの脱退を通告していた。
 安井とも盟友の梅原龍三郎も日本の河北占領に伴い《紫禁城》(1940‐)ほかの北京風景や「支那服」姿の《姑娘》の連作を、北京飯店509号室を根城に制作する。画家たち本人の政治意識とは無縁に、戦前期の日本油彩の最高峰は、東亜帝国主義のオリエンタリズム絵画に他なるまい。
 日本帝国の大陸侵出は、高等教育の普及とも連動する。学校教育には制服の制定が無縁ではない。当時の「外地」とりわけ偽満洲国での教育現場の実態復元は、言うまでもなく容易ではない。存命の現場体験者もすでに希少である。だが「内地」に生還した例外的遺品は、ときに「淪落」の常識を覆す。現在の朝鮮族自治区、龍井での女子高等教育の一齣だが、筆者の祖父旧蔵の即興現場写真は、農業実習に勤しむ朝鮮族女学生たちの洋装の作業衣姿を捉えていた(1944)。主婦にはモンペ「強要」が相場だった「内地」との落差も注目されようか。
 コシノ・ヒロコ氏は1984年、上海は錦江飯店、かつてのブロードウェイ・マンションを舞台としたファッション・ショーで中国全土に衝撃を与えた。藍色の人民服に固められた装いからの「開放」がここから中国各地に広がった。他方、2018年には北米ボストンでモネの《ラ・ジャポネーズ》(1876:歌舞伎衣裳の妻・カミーユを描く)に倣ったコスプレが「東洋蔑視」としてアジア系運動家から糾弾され、和服も「帝国主義」の表徴として攻撃の対象となった。ボンド・ガール以来のボディ・コンを誇示するチャイナ・ドレスもまた、政治的闘争の標的たるを免れまい。衣装に託された人権意識の変遷が服飾精神史に彩りと陰翳を与えている。

*「服飾・装飾から考える東アジアの近代」国際日本文化研究センター主催・海外シンポジウム(2023年10月14日開催)席上での筆者の即席のコメントなどから再構成した。







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