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評者◆殿島三紀
ホロコーストを人類の記憶として残す――監督 クリスティアン・クレーネス、フロリアン・バイゲンザマー『メンゲレと私』
No.3618 ・ 2023年12月09日




■今回は『蟻の王』『正欲』『リアリティ』などを観た。
 『蟻の王』。イタリアの名匠・ジャンニ・アメリオ監督作品。ムッソリーニが「わが国には同性愛者はいない。ゆえにそれを裁く法律も必要ない」と言い放った空気が未だ残る1960年代。そんな時代に恋に落ちた詩人・劇作家そして蟻の生態研究でも知られるブライバンティとその教え子エットレとの間に実際に起こった事件を描いた作品。たかだか60年前に起きたブライバンティ事件だが、同性愛の治療として電気ショック療法が行われていた。治療? 今にもつながる「異なる」存在への厳しい偏見を見る。
 『正欲』。監督は岸善幸。第34回柴田錬三郎賞を受けた朝井リョウの同名小説の映画化作品。地方検事、寝具販売員の女性、流水フェチの会社員、大学のダンスサークルに所属する学生。さまざまな生活を背負い、個性や性癖を抱えて生きる、出会うべくもない人々がある事件をきっかけに交差していく人生の交差点のような出会いとそれぞれの形で求めるつながりを描いた作品。稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗などキャストにも注目である。
 『リアリティ』。監督はティナ・サッター。リアリティとは、前トランプ政権を揺るがした疑惑をリークし、「第2のスノーデン」と呼ばれた女性の名前だ。2017年、25歳の米国家安全保障局(NSA)の契約社員リアリティ・ウィナーは「ロシアのハッカーによる2016年米大統領選挙介入疑惑に関する報告書」をメディアに流した罪でFBIに逮捕された。「トランプ大統領の誕生はロシア政府に仕組まれたものだった!?」と全米で大論争を引き起こした事件。本作は彼女がFBIに尋問された音声記録を完全再現した劇映画だ。
 さて、今月の新作映画は『メンゲレと私』。以前、当欄でもご紹介した『ゲッベルスと私』『ユダヤ人の私』に続く「ホロコースト証言シリーズ」三部作の最終作である。クリスティアン・クレーネスとフロリアン・バイゲンザマー監督作品。両監督があの時代を、そして、あの出来事を人類の記憶として残しておこうと撮り続けた作品だ。
 いずれも当時を体験した証言者がこれまで生きてきた長い人生と凄惨な過去を絞り出すように語る顔が大半を占める。モノクロの地味な映画だが、観客の胸にこれほど鋭く突き刺さる作品もないだろう。第2次世界大戦が終わって78年。当時若かった証言者もいまや100歳を超え、多くは鬼籍に入っている。戦争や、あのできごとを集団の記憶に残す作品ももう本作が最後かもしれない。
 最終作ではダニエル・ハノッホ氏91歳が証言する。前作では103歳、106歳だったのに対し、ハノッホ氏が若いのは彼がいわゆるチャイルドサバイバーだから。リトアニア出身のユダヤ人である彼は9歳の時に家族と共にゲットーに収容され、12歳でアウシュヴィッツに送られた。44ヶ月間のゲットーや数々の強制収容所での生活を経て1945年5月5日に解放されたときは13歳になっていた。年端もいかない少年が厳しい収容所生活を生き抜き、いまこうしてカメラの前で当時を語るというのはまさに奇跡に近いことだろう。
 1944年ソ連の反転攻勢でゲットーが焼き払われ、ハノッホ一家はナチス親衛隊と移動を開始。ダニエル少年は12歳で母と姉、さらに父と兄とも別れ、他の131人の子供達とアウシュヴィッツへ移動させられた。そこでの彼の仕事は荷車に死体を乗せて焼却場へ運ぶことだった。“死の天使”と恐れられたメンゲレとはここで出会うのだが、金髪の美少年だったダニエルは彼の模範的な囚人役という役目も負わされていた。さらに終戦間際に彼は食人行為まで目撃することになる。
 だが、いま91歳になったダニエルはカメラの前で語る。「アウシュヴィッツは『よい学校』だった」「次に何をするか、どう生き延びるかを集団で身を守りながら学んだ」――。
(フリーライター)







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