書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆稲賀繁美
文学と美術の二重装飾螺旋――追悼:幻視と遊歩の人・海野弘
No.3618 ・ 2023年12月09日




■萩原朔太郎の詩集『月に吠える』の装丁は田中恭吉。肺結核で夭折した恭吉の後事は恩地孝四郎に託された。『朔太郎と〈一九二〇年代〉:月の少年少女たち』(2022.11.10)で海野弘はその同性愛的交友に触れる。『日本のアール・ヌーヴォー』(1978)への回帰だが、本書初版に接した評者は、『装飾空間論』(1973)で文様とも自在に螺旋を描く著者の靭かなる筆致に魅了された。
 松岡正剛氏がセゾン財団との関係で「ジャパネスク」企画を立ち上げた頃である。末端で関与した当方はなにかの拍子で海野弘こと中村真珠さんに面会した。行きつけの渋谷の喫茶店。TVへの出演はしないとのことで、出演交渉は打ち切りとなったが、大正創作版画関係の駆け出しの拙論抜刷をお渡しした記憶がある。
 その海野弘晩年の遺稿に「旅する口笛少年」がある。副題に「折口信夫への栞」とあり「栞」は十字への侵犯とする図像学的解釈が見える。思えばビアズリーの署名に腟内への射精を見たのも海野弘だった。以下はこの遺稿に触発されての自由連想。「身毒丸」が話題だが、その祖型は謡曲の「弱法師」。盲目の俊徳丸は浪速の四天王寺から臨む明石の日没に「満目靑山は心にあり」と唱える。
 一九一六年来日したインドの詩聖タゴールは下村観山筆の屏《弱法師》を横浜の三渓園で見て、深く感動する。何故だったのか? 盲目の詩人の心眼に真実が映る。それはタゴールが自作の戯曲『ファルグミ』で演じたばかりの役割。このホメーロス以来の文学的トポスが極東の中世以来の能楽に継承されていたのだから。
 その折口は伊勢湾口の大王崎の丘陵で太平洋に臨み、「マレビト」の到来を幻視した。折口自身は語らないが、この水道の奥、津市近郊の阿漕の浜は、古来潮流の関係からか、台風の来襲とともに異人が漂着する土地だった。1994年9月29日夜、台風26号の嵐の夜に、建造中の15万トンの貨物船二隻が雌雄一対?の巨体とともに朱色の舳先を並べて乗り上げたが、その浜は百余年前には日本海軍の駆逐艦が双隻連なって土左衛門同様に座礁した場所。近隣の神社は千年ほど前の渡来人の漂着に由来しており、司馬遼太郎『街道をゆく』にも記載が見える。
 折口若年の「口笛」は未完のまま放棄されたが、その学術が弟子への「口移し」だったことは松浦寿輝も論じたところ。その接触感覚が海野弘の筆先からは降霊術よろしく滴り落ちる。「したしたした」だが『死者の書』初版装丁をみれば、そこにはエジプトの『死者の書』から取られた木乃伊の棺が描かれ、ナイル西岸は死者の谷の埃及幻想が、奈良盆地の西、二上山麓の當麻寺と重ね合わせに幻視されている。画家、小早川秋聲《国の盾》も同じ戦争の時代への鎮魂を湛える。
 その背景には『陰謀と幻想の大アジア』(2005)が潜む。大日本帝国の大陸侵出期、モンゴル国境の張家口に集った梅棹忠夫周辺の学究たちの動向にも目配せを怠らない嗅覚、日本語系統論への的確な視野――ここまで海野さんとの空想の会話にしばし身を委ねてみた。
 荒俣宏さん同様、平凡社の地下室で培った情報咀嚼力を活かし、八三歳の生涯に年齢の二倍を凌駕する書を綴ったが、その軽やかで若々しい歩調は最後まで健在だった。昨年霜月十一日、京都で武田好史氏が催された螺旋社「弱法師」の小さな講演会で四十年ぶりに再会したのが、終のお別れ。
 この「知の遊歩者」(谷川渥)はその後も小冊子、長安に曼荼羅を重ね合わせる『空海の天地人幻遊』のほか、『ウクライナ美術への招待』『アジア/中東の装飾と文様』を残して旅立った。

*『旅する口笛少年』ゑでぃしおん螺旋社、2023年 







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約