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評者◆凪一木
その209 労働とAIの未来。
No.3610 ・ 2023年10月14日




■A社に勤務する二八歳の友人、A2(エースコック2号)さんは、先月の給料が年齢と同じ二八万円であった。総支給額である。基準労働時間が一七三で残業は深夜含む八六。時給換算すると一〇八〇円だ。東京都の現場だ。年配の同僚たちは皆残業一〇〇を超える。体力的にきつく不衛生で人間関係も最悪だが、仕事としてはマシな方だと感じている。
 何を学び、何に貢献しているのかよく分からずに働いている。A2はそう語る。A社は、一万社を超える警備会社中で二番目にしっかりした会社と言われる。そこで期待されているA2の待遇が一〇八〇円なのだ。令和四年度の東京都最低時給は一〇七二円である。本当に期待されているのか。奴隷に対しては生かさぬよう殺さぬよう対価を支払い、芸者稼業には、馬鹿で破天荒な奴にほど無制限に金を払う。
 実は業界トップのセコムは、いち早くAIすなわち守衛や用務員もおかない機械警備(一号警備)に移行し独占を計っている。コンピュータを駆使して設計された機械装置でのAI。この流れはすぐに設備にも波及する。仕事の中身を精査すれば、AIにとっては設備の方がマッチする。
 人を傷つけ不幸にすることの上に成り立っている幸福なら、普通は拒否するだろう。だが、誰かにそれを役割として行わせて、絡繰りを見えないようにしたとき、敢えての拒否をするだろうか。人類は、動物を殺して食べているが、多くの者は、自ら殺傷は行わず、業者にお任せしている。業者の人は、お任せしている人たちよりも、おそらく傷つき、苦しんで生きている。やりたくない仕事がある。介護、清掃、汚物や死体に関する仕事、人間の病や暴力に関する仕事、核廃棄物処理、戦闘要員。
 仕事というものは、人がやりたくないことを人に頼むものであり、その「人がやりたがらないこと」に、やりがいがないとか、面白くないとケチを付けたくなるのは、むしろ当たり前だ。好きなことを仕事にしたい、などと言っても、「人がやりたがらないこと」と「好きなこと」とが一致でもしない限りは無理である。人がやりたがるような仕事でもってそれが成立するのは、人がやりたくなくなるほどの努力が必要だからである。
 大谷翔平。藤井聡太。井上尚弥。努力出来ないのに夢を見てもそれは無理である。だから、仕方なくであれ、人がやりたがらない仕事をすることになる。AIが肩代わりしてくれるだけなら構わない。だが実際は、労働はAIに、報酬はAIの持ち主、所有者に奪われてしまう。AIと居場所争いさせられ、苦しむワーキングプアを、AIの所有者は、見ないで済むよう生きている。
 七月一四日に約一六万人が加入する米ハリウッドで最大の組合、全米映画俳優組合がストライキに突入した。賃上げやストリーミング配信の再使用料、AI(人工知能)に仕事を奪われないための保証などを求めての交渉が決裂したためだ。
 AIに仕事を奪われる。実態は、AIではなく、AIに名を借りた人間に仕事を奪われるわけだ。一九世紀からの機械や技術革新で多くの人が職を失い、或いは過酷な3K労働から開放されてきた。そこでは職場移動、業態移動、人生設計の見直しが、それぞれの人間において迫られ、無理を通せば道理も引っ込めさせられてきた。今度のAIによる仕事の革命・革新は、医師や弁護士などの高度な頭脳労働者も職を失う。
 オンライン案内、無人レジから重機や建機へのAI搭載、データ分析はもちろん、病院のカルテ記載、人事考査も裁判も、そしてAIによる癌の画像診断も既に人間を超えているという。
 日本語chatGPTは、今のところ不正確な回答を笑われている。だが、単に日本語と英語のネット空間の情報量格差がまだ追いついていないだけで、すぐに遜色ない道具となる。
 NHK「“ChatGPT”徹底解剖!AIと歩む未来を探る」を見る。
 この番組によると、CHAT‐GPT3は、何度も計算や推論を繰り返す問題が苦手である。研究機関でこの手の問題を六〇〇問繰り返すと、正答率は一七・七%しかなかった。そのため、AIに深く考えてもらうよう、問題の最後に「論理的に考えてみよう(let\'s think about this logically)」という文言を付け加えてみる。そうすると正答率は七四・八%に跳ね上がる。要は、解けないのではなく、バカのふりをしているだけだ。AIに学習させるデータは、インターネット内をスクロール(巡回)して考えているので、人格が入っているとも言える。人間も日常会話では、試験問題を解くように真剣に答えてはいない。
 どんな人間の会話も、専門家から見ると間違いだらけだ。それでも専門家ではない人間同士で成立している。AIもそれなりに人間的で、その程度には間違える。なぜなら間違いを含めたネット上の情報を収集しては、その蓄積能力で解答している。元が間違っていては、正しく修正されるのに時間がかかるのは人間と同じ。普段の人間も、情報不足でウソを信じて喋っている者が沢山いる。江戸時代から、現代に平賀源内がタイムスリップしてきたとする。この時代の低いIQの者にすら、平賀は馬鹿にされるだろう。しかし実際のIQは、現代に存在する天才の幾人かに匹敵するはずだ。たった今、AIを馬鹿にしている人たちというのは、平賀源内を馬鹿にする人たちと変わらない。
 AIには人間のような自意識がないというが、では実際の人間が、自分の置かれた状態や自分のあり方を自ら疑問に思う能力も、逆にそれほどのものなのか。
 我々から仕事を奪っているのはAIではなく、AIの所有者である。そもそも、なくて良いような仕事をしている我々も実は、本当の私ではなく、ダミーのような私である。やっと開放されたのだ。
 人は直接殺されることは嫌がるが、天変地異による死は、ある程度致し方ないと諦める。コロナ禍を、人類の数を減らすための一部の富裕層による人為的な大量殺人だとする陰謀論がある。その点を少し借用すると、AIは柔らかな労働者殺しである。
 AIが、労働の隙間から入り込んだように、今度は逆に、我々は、隙間ではなく、人間の最も根源的に渇望する飢えた身体に沁み渡る不純物ゼロの水を届ける。AIにではなく、その所有者に奪われようのない仕事を持ち続ける。
 AIが一番不得意なのは、応用力やコミュニケーションや好奇心ではない。組合のような原始的で出鱈目な集合である。集まること、声を出すこと。だからこそ、所有者に向かって生の声を上げろ。不正をするのはAIではなく、必ずや所有者だ。
 怒りも悲しみも、希望も意思も、声に出して全部伝える。伝わるはずがなくとも、何厘かは伝わるはずだ。とにかく生で声を上げる。そうしなきゃ分からないし、そうしたって分からないが、そうすることでしか伝わらない。言いたいことの何分の一かは伝わるはずだ。絶対に未来はある。早々に手を打たねば、おそらくビル管は殺される。
 いよいよ次号は最終回である。
(建築物管理)







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