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評者◆星落秋風五丈原
女系四代にわたる百年の物語
明るい夜
チェ・ウニョン著、古川綾子訳
No.3609 ・ 2023年10月07日




■9歳の時に初めてヒリョンの祖母の家に行ったジヨン。初めて出会った祖母が自分を受け入れてくれていると感じたジヨンはすぐになつく。そして再びヒリョンに向かったのは夫の浮気で離婚を決めソウルを離れた31歳の時だった。ヒリョンに引っ越して2か月経った時に、母が訪ねてきた。母は祖母と疎遠だった。母親の人生を見ていて納得できなかったジヨンは「キム君(元夫)はやさしい」という母の助言にも素直に頷けない。
 白丁という身分だった曾祖母ジョンソンと良家の夫パク・ヒスは、駆け落ち同然に家を飛び出したことから近所の人に噂される。娘ヨンオクはそのことを母親に話さず、ある日結婚相手を連れてくる。ジョンソンは「あの男はお前の父さんに似ている」からと反対するが最後には「娘が結婚して正常な家族を持つという事実に満足しようと気持ちを切り換えた」。
 ところが結婚相手ナムソンは北に家族がおり、ヨンオクは娘ミソンを育てる代わりに夫の戸籍に入れることを余儀なくされる。ミソンもまたいびつな家庭環境から抜けるために結婚に逃げる。ところが、三兄弟の嫡孫と結婚したため、旧盆や旧正月にも実家に帰れない。『82年生まれ、キム・ジヨン』で描かれる、あの忙しい嫁の立場である。不自由な環境から抜け出すためミソンは娘ジヨンに期待をかけるが、その期待がジヨンには重く、彼女もまた逃げるように結婚する。しかし「自分が特権を享受しているとわかっていたから、私は黙らなければならなかった。娘の声に耳を傾けてくれない両親のもとで育ちながら感じた寂しさについて。私に関心のない配偶者と暮らす寂しさについて。口をつぐんだまま仕事に通い、上辺だけとはいえ続いている結婚生活を回していきながら、理解されたい、愛されたいという感情に目を向けないようにしなきゃならなかった。私は幸せな人間なのだから。すべてを手に入れた人間なのだから」という我慢にも限界が来て、やはり結婚は破綻する。
 よしながふみの『愛すべき娘たち』で、美貌を鼻にかける学友を見てきた母親が、自分の娘はああいう性格にさせまいと、わざと容貌をけなして言い続けたという話が出てくる。しかし娘は戒めと取らず、娘には「可愛い」と言い続けて育てる。成長するにつれ、親の欠点を見抜いた子供が、いざ親となった時に自分だけはそうなるまいとする。うまくいけば順繰りにいい母娘関係が築けていくはずなのに、そうはならない。本編でも、母のバックグラウンドを知らない娘が母の育て方に反発し、家というより母から逃れたくて結婚を選ぶ。経験上失敗の予感を感じた母の反対も押し切っての結婚であったため、予想通り破綻しても、更に母娘関係はいびつになる。本来配偶者や家父長制を善しとする韓国社会に告げるべき不満不平が、「同じ女性なのにどうしてわかってくれないのか」と最も近い母・娘に向かう。出口のない迷路である。
 母娘の愛情が満たされていればどうなっていたか。その答えとして彼女の一族と対比的に描かれるのが、駆け落ちしてきたジョンソンの唯一の友となる女性セビおばさんの娘・ヒジャだ。セビおばさんの一生も幸福続きだったわけではないが、娘ヒジャは祖母のやりたかったことを全て叶え、結婚ではなく学究の道を選ぶ。彼女の生き方は、女達の迷路の出口の一つである。
 表紙絵は佇む二人の女性。裏表紙は走り出す女性を見守る女性。表紙は母娘女性同士の共闘。裏表紙は自由を求めて走る娘を見守る母と見える。走り出す女性の先と、二人の女性が見上げる空は明るい。迷路から出た女性が見る空は、こんな色をしているのかもしれない。







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