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評者◆編集部
こどもの本棚
No.3609 ・ 2023年10月07日
憲法のメッセージを絵と詩句で表現する一冊
▼わたしは きめた――日本の憲法 最初の話 ▼白井明大 詩訳/阿部海太 絵 詩人の白井明大さんと、画家・絵本作家の阿部海太さんが、詩のことばと絵をとおして日本国憲法の前文を伝える、絵本をつくりあげました。まさしく憲法を絵と詩句で表現する一冊です。 白井さんは解説で、日本国憲法の前文とは「はじめのあいさつ」だと書いています。戦後日本のスタートです。 一九四七年五月三日に施行されたこの憲法は、それまでの大日本帝国憲法に基づく国から、戦後の日本へと生まれ変わった証であり、国の骨格となるものです。主人公は天皇ではなく日本国民、つまりこの国に生きる一人ひとりの「わたし」と「あなた」と定めました。国民主権、主権在民です。 絵本は、この憲法を「わたしは きめた」という一文からはじまります。「わたし」や「あなた」のために国をつくりあげる。憲法はそのための土台となる考え方やあり方、決まりごとを定めたものです。ただし、その決まりごとを守るのは国です。国に対して憲法を守りなさいと約束させたのが憲法なのです。 憲法には、「わたし」を大切にし、「あなた」を大事にし、この国の一人ひとりの生命と暮らしを守るための条文がしるされています。基本的人権の尊重と呼ばれる、憲法の柱となる大きな原則です。 そして、もう二度と戦争はしないと誓う、平和主義の柱があります。「まちがっても政府のおこないで 二どと 戦争を ひきおこさないようにすることを きめた」。絵本にはそう表現されています。 解説で白井さんがいうとおり、「だれもが自由で、健やかで、文化的に生きられる国にしよう、戦争をしない平和な国を築くんだ、という理想や決意、誓いや希望」が憲法の前文に込められています。こうして「わたしは きめた」という一文から、この国がははじまっているのです。 平和国家としての出発は、戦争を引き起こした過去への反省と切り離せません。それは世界の国々とともに歩み、他国の国民を大切にすることではじめて達成できるものです。 「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」。憲法の前文はそう結ばれています。絵本も「わたしは ちかう」と、次のように結ばれています。 「この国の 主人として/顔をあげて 胸をはって/この とても とても だいじな理想と 目的を/全力で かなえることを ちかう」。 憲法が伝えるメッセージを、私たち一人ひとりが知り、確かめるために、子どもも大人も、ぜひこの絵本を開いてみてください。(7・23刊、A4変型判三六頁・本体一五〇〇円・ほるぷ出版) 手袋屋さんがくつ屋さんになった ▼世界でいちばんリクエストのおおいくつ屋さん ▼十河孝男・十河ヒロ子 文/本田亮 絵 高齢者用ケアシューズ「あゆみ」をつくったくつ屋さん、十河さん夫妻のお話です。もともと十河さんの会社は、手袋を作る会社でしたが、スリッパの製造も手がけるようになりました。さらに、ルームシューズの製造に力を入れ、いまや絵本の題名のように「世界でいちばんリクエストのおおい靴屋さん」になりました。 「ころびにくいくつをつくってほしい」。はじめは、幼なじみのたっての願いで、く つ屋さんがつくったことのない「転びにくいくつ」を完成させたところからお話がはじまります。老人ホームのおとしよりがよく転んで心配だからと、十河さんの手袋工場に依頼が来たのです。 十河さん夫妻は、「手袋屋にできるわけがない」という工場のみんなを説得し、老人ホームの施設内を歩くおとしよりの足を朝から晩まで、半年も観察し続けました。そうして、転びやすい五つの原因をつきとめます。それをもとに、改良に改良をかさねて二年、ようやく「転びにくいくつ」を完成させたのです。 でも、一難去ってまた一難。五〇〇人以上のおとしよりの足を見てきた十河さんは、一〇人に一人、左右の足のサイズがちがう人がいることに、はてと困ってしまいます。 「よし、左右のサイズがちがうくつをつくろう!」 こうしていくつかのサイズのくつを片方ずつつくり、注文にあわせて左右のサイズがちがうセットを工場から直接販売することにします。手袋づくりをやめ、「転びにくいくつ」と「左右サイズのちがうくつ」をつくりはじめたのです。はたして注文は来るのか、工場はやっていけるのかと、みんなは不安でしたが、杞憂に終わりました。歩けるくつをまっていた人たちが、全国にたくさんいたからです。こうして「世界でいちばんリクエストのおおい靴屋さん」が生まれたのでした。 実話にもとづく「だれひとり取り残さないくつ屋さん」の挑戦を、この絵本で多くの読者のみなさんに知ってほしいです。(9・15刊、B5変型判四八頁・本体一八〇〇円・合同出版) 日韓関係を思考する愛することばの数々 ▼韓国のニャンニャンとワンワンの日常 ▼ジャン・マルティナ/崔在松 著/岡井禮子 訳 ■この絵本は、日本と韓国との関係を舞台にして、韓国のニャンニャンとワンワンを登場させ、彼と彼女の愛らしい姿とともに、発することばを詩のようにしるしています。著者で韓半島古アジア文化研究所を主宰する崔在松さんは、「あとがきに代えて」で、どうして戦争と犯罪、暴力、憎悪はなくならないのか? 痛ましい過ちの歴史が何度も繰り返されるのか? “安息”と“安寧”が得られないのか? と問うています。その問いをうつしだすことばの数々です。 パスカルやカフカ、マクルーハンやモーツァルトのことば、世界の小説の主人公たちのことば、韓国の俗謡や詩人のことばなど、さまざまなことばがちりばめられています。 そんななかに岩橋教章へのオマージュがあります。岩橋は幕末から明治初期にかけて油彩画や水彩画を描き、測量技術の才を発揮した人物です。特に、一八七五年、日本の朝鮮支配のきっかけとなる江華島事件が起きましたが、原因となった日本の同島の無断測量の一員が岩橋でした。著者の崔さんは、偶然に岩橋の絵画と出会い、彼の人生を調べることになります。この絵本のなかで「過ぎ去った歳月を、懸命に生きて去ったと/苦難の時代に生きたが、私なりに楽しい人生でした」と、キタキツネに語らせています。 本書の冒頭には、パスカル「パンセ」の名言が引かれています。「人間は、思考しなければ/ただ一個の物体に過ぎない/また、愛せねば/一個の限りある存在にすぎない」。日韓関係を思考するために、愛することばで――。そんな思いを感じる絵本です。(9・15刊、A5判横本六四頁・本体一八〇〇円・展望社) 大人のための絵本リテラシー ▼一冊の絵本――大人になった今だからわかること ▼木村美幸 著 ■著者の木村さんは、由美村嬉々というペンネームで絵本作家としても活躍する作家・絵本編集者です。この本は「絵本カタリスト」でもある木村さんが、編集者という職業をとおして多くの絵本や絵本作家たちと出会ってきた経験をもとに、心から勧めたい絵本の数々を紹介する、「大人のための絵本ガイド」です。 絵本は小さな子どもだけのものではありません。そこには人生の土台となる知恵や感情や理性などの種子が詰まっています。それゆえ「絵本リテラシー」を高めるために、ぜひ本書を活用してほしいと木村さんは述べています。 第一章「人生を変えた絵本との出合い」では、木村さんが絵本編集者になるまで、なってからのさまざまな経験や知恵がちりばめられています。「同じ絵本でも、何度も読み返すうちに新たな発見があったりするのは、読んでいるときに直面している人生の出来事や、その時どきの心持ちで絵本と向き合っているからでしょう。同じ絵本でも、幾通りもの読み方ができる」という本書のことばに深くうなずかされます。 これだけは読みたい! という絵本はいうにおよばす、本書には読み聞かせと想像力の大切さ、創作絵本をつくるノウハウなども収められ、絵本のアクティブ・ラーニングに欠かせない一冊に仕上がっています。(9・1刊、四六判二四〇頁・本体一七〇〇円・径書房) 人間になりたい犬と人間をめぐる物語 ▼人間になりたかった犬 ▼今西乃子 作/福田岩緒 絵 ■人間になりたいと思っている犬は、はたしているのでしょうか。そんな疑問から、この本を読むと、大切なことに気づかされます。白犬は人間に生まれ変わるという言い伝えがありますが、どんな犬でも人間に生まれ変わるわけではなく、人間を助けた犬だけが、来世は人間に生まれ変われるのだそうです。 この本のお題は、江戸の古典落語「元犬」を土台にくりひろげられます。物語の舞台は、小高い台地にある住宅街から、歩いて二〇分ほどのところにある、「犬童神社」という名の古い神社。宮司の犬養尊は「元犬」の演目が大好きで、この神社には落語に出てくるシロが祀られているというではありませんか。 ここまで物語るだけでも、犬をめぐって何かがはじまる予感がしますね。「シロ、いつまで、犬のままでいるつもりなんだ?」と、本のカバーそでにあります。どんな犬と人間のお話が展開されるのでしょう。おっと、本の中身にまで話が過ぎました。お後がよろしいようで。(8・10刊、四六判一七六頁・本体一五〇〇円・新日本出版社) ぱくぱく、もりもり食欲の秋ですね ▼日本語オノマトペのえほん ▼髙野紀子 作 ■ゆたかな擬音語・擬態語の表現であるオノマトペは、感情や雰囲気を表現する宝庫です。はらはら、どきどき、ずんずん、がぶがぶ……。動物の鳴き声や心の動き、人間の動作など、オノマトペだけで意思疎通が成り立ちますね。秋はりんりん、さわさわ、ひらひら、つやつや、ゆらゆら、きらきら、に満ちています。運動会でくたくた、ばてばて、へとへと、なんていう日々も目の前ですね。この本はそんな表現の楽しさに気づかせてくれます。(20・11・30刊、21cm×22cm四八頁・本体一四〇〇円・あすなろ書房) |
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