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評者◆殿島三紀
草原で大地の霊と交信する――監督 チャオ・スーシュエ『草原に抱かれて』
No.3608 ・ 2023年09月23日




■『福田村事件』『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』『ロスト・キング』などを観た。
 『福田村事件』。関東大震災のとき、香川県から福田村にやってきた薬の行商団15人の内、幼児や妊婦を含む9人が虐殺された。大震災時に流布した朝鮮人への流言飛語を信じた100人以上の村人たちが聞きなれない彼らの讃岐弁を朝鮮語と勘違いして殺したのだ。100年もの間、葬られてきた事件だった。監督はオウム真理教をテーマにした『A』『A2』などの社会派ドキュメンタリー映画を送り出した森達也監督。本作は監督初の劇映画作品である。大震災から100年目の今年、歴史の闇から、忘れられていた事件が這い出してきた。
 『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』。監督・脚本・プロデューサーはデヴィッド・ミデル、製作総指揮はモーガン・フリーマン。2011年11月19日、早朝のNYで起きた事件を基に、無実の黒人老人が白人警官に射殺されるまでの90分間を実際の事件とほぼ同時間で描いたリアルタイム進行型サスペンス。実話である。2020年に起きたジョージ・フロイドさんの警官による殺害事件はいまも記憶に新しいところ。主人公の心拍数と観客の心拍数がシンクロする緊迫の83分。
 『ロスト・キング』。スティーヴン・フリアーズ監督作品。英国史において悪名高いリチャード三世。かのシェークスピアも彼を稀代の奸物として描いたことで、500年もの間、遺骨さえもないがしろにされてきた国王だ。2012年、その遺骨を英国・レスターの駐車場でフィリッパ・ラングレーという女性が発見した。1485年に死亡し、遺骨は近くの川に投げ込まれたと言われていた英国王の遺骨を素人の歴女フィリッパが見つけたのだ。実話をベースにした心温まる歴史ヒューマンドラマである。
 さて、今月の新作映画は『草原に抱かれて』。モンゴルの大草原が緑色の海原のように風になびいて波打つ様を想像するだけで心が解き放たれるような気持になるが、本作はそんな内モンゴル自治区の草原を舞台にした作品。監督は内モンゴル出身のチャオ・スーシュエ。フランスで映画を学んだ若い女性監督で、本作が長編デビュー作となる。
 内モンゴルの都会に暮らす電子音楽ミュージシャンのアルスが兄夫婦と暮らしていた認知症の母を連れ出し、かつて彼女が暮らしていた草原へ連れ帰るというロードムービーだ。母が見たいという思い出の木を求め、行く先々で親切な人々に助けられ、他人の敷地を通ったがために追いまくられたりしながらも旅を続ける2人。ともすれば彷徨って行きがちな母の身体と自分の身体を太い縄でつないで旅をする姿はまさに原題の臍帯(へその緒)を連想させる。雄大な大自然を古いバイクにまたがり、サイドカーにちんまりと収まる母を乗せ、彼女がこだわる思い出の木を求めて旅を続ける。おそらく思い出の木とは母の原点なのだろう。
 草原、羊、馬頭琴。本作にはモンゴルのお約束もたくさん登場するが、決してモンゴルあるあるの観光映画ではない。なにか霊的な気配すら漂い、自然と共に生きるということを強烈に感じさせてくれる作品だ。これまでモンゴルの映画を観る度にかつての遊牧生活が失われていく姿に寂しさを感じさせられてきた。母が兄夫婦と暮らし、次男が音楽活動をしていた内モンゴル自治区の都会には漢民族が多く暮らし、兄夫婦も普通の都市生活を送っている。これもいまのモンゴルということなのだろう。
 だが、本作ではそれを殊更に言い立てはしない。サイドカーで穏やかに微笑む母、夜空の下で馬頭琴を奏で、歌を歌い、大地の霊と交信するような時を過ごす息子。この映画はモンゴル人にとっても失われゆくものを惜しむ挽歌なのかもしれない。あるいは、こうあり続けたかったというメルヘンなのだろうか。
(フリーライター)







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