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評者◆稲賀繁美
巨大飛蝗か「バッタもん」か?――室井尚の足跡の彼方に向けて
No.3606 ・ 2023年09月09日




■2022年の学期はじめの頃だったか。夜、だしぬけに電話が掛かってきた。京都に戻ってきた、遊ぼう、という。例の調子で相手の都合などお構いなし。新任の私立大学でよそ者なのに学部長など拝命した当方は、まったく余裕がなかった。そのうち、とお茶を濁したのが終の別れとなった。
 室井尚といえば思い出すのは、リュブリアナの国際美学会。全体講演のボリス・グロイスに喧嘩を売ったからだ。現今の商業主義に浸りきったアート界では批評家は株屋か金融コンサルタントのような役割しか演じられない。営業妨害発生を自粛するグロイスの体制迎合的な議論に室井の怒りが爆発したのだろう。
 美術市場も電子機器のO.S.と同様に英語覇権の支配下に安住している。それを打破する「希望の原理」を室井は東欧出身の美学者たちに訴えようとしていた。
 数年後、記号学会会長だった山口昌男が「コレクションの記号学」を企画し、当方はパリでK.ポミアン氏招聘交渉に相伴した末、当該の国際シンポで講演する塩梅となる。静岡での開催だったが、そこで次期会長を襲名したのが室井だった。『記号学の逆襲』を狙う新会長の著『哲学問題としてのテクノロジー』の書評を書け、との要請が来る。
 本書は題名で損をした。それが当方の見立て。「文化気象学序説」あたりが相応しいと述べて、だが気象予報はもういいから「著者による実地ナヴィゲイション」による飛翔を、と所望した。
 だが「若輩者」新学会長は、「実地には関心がない」とすげない返答――だったにも拘わらず、その直後から「巨大飛蝗」計画が浮上する。2001年の第一回横浜トリエンナーレには、インターコンチネンタル・ホテルの窪んだ外壁に、前代未聞の巨大バッタが出現した。
 言行不一致? あるいは自己韜晦? どちらも室井にはあり得ない。M.ポラニーとV.フルッサーとに目をつけていた点では共通するが、行動力でも挑発力でも、もとより当方に室井に敵う才はない。一方で「気象学」では室井尚の、「地学的想像力」では中沢新一Earth Diverの後塵を拝し、他方、支配的O.S.を覆す「バッタもん」(岡本光博)動員の「海賊史観」も、ハリウッド映画Pirates of the Caribbeanにお株を奪われた――などと言っても、泡沫/場末の負け犬の遠吠えだろう。先物買いの嗅覚も、広範・鋭利な情報収集力も、ふた廻りは周遅れの凡才の繰り言である。
 さて、世はCovid19禍を迎えた。異常気象が常態化した新人世、コロナ・ウィルスの振る舞いは、コンピュータ・ウィルス跋扈への警告だろう。nano・bio・sapioの三者が急接近するなかで、Web環境の真実を眼前に突きつける箴言こそ、人類が天然Virus君から汲むべき貴重な教訓。――そう偉そうに思案して『蜘蛛の巣上の無明』Avidya on the Spider\'s Webなる論集を編んでみた。 
 ところがどうだろう。室井尚のチームは、同様の見通しに一足先に到達し、より深い洞察を巡らしている。科学研究費基礎研究(A)の成果『メディア変容と新型コロナウィルス』記録集が、2021年3月には刊行され、日本記号学会編『生命を問い直す』も刊行間近。
 室井科研のせいで、当方の科研申請は3年も続けて却下された――。そんな被害者妄想すら脳裏を掠める。Spider\'s webが構想した程度のことは、「脱マスメディア時代のポップカルチャー美学に関する基礎研究」が事前踏破していた。先見の明に脱帽あるのみ。
 『文系学部解体』にはウスビ・サコ・内田樹共著『君たちのための自由論』で応答した。亡友の雄飛の生涯に献杯を捧げたい。

*室井絵里(発行)『室井尚/情報宇宙 1955.3.24‐2023.3.24』私家版、2023;「スタート地点としての室井尚」同志社大学今出川キャンパス、7月8日開催。







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