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評者◆鳩羽
水ぐきで歴史を書き換え、望みの物語を
神を創った男 大江匡房
加門七海
No.3605 ・ 2023年09月02日




■平安後期、後三条、白河、堀川と三代の帝に学問をもって仕えた、博識の官人で学者がいた。その人の名を、大江匡房という。
 博覧強記の官僚であり、歌人であったそうだ。だが、名前を見ても、ウィキペディアを読んでみても、いまいち思い当たる歴史の出来事や用語が思い浮かばない。著者がくり返し述べているように、地味な存在なのだろう。
 だが、この本の目次に並ぶ名前や言葉を見てみると、小野篁、鉄鼠、頼光四天王、傀儡子、出雲、御霊、土蜘蛛、吉備真備……と、そうそうたる用語が並ぶ。
 優秀ではあったが、歴史上の人物としては地味と言わざるを得ない大江匡房。かの人について書かれた本の目次に、なぜこのような、暗い、社会の闇の部分を感じさせたり担ってきた用語が並ぶのか。オカルティックで真偽もあやしい「野馬台詩」の名前まで出てくるのか。
 帯と目次を見るだけでも、非常にテンションがあがる本だ。
 学問指南役をしていた東宮が後三条帝となり、ようやく政治の表舞台に登場するまで、匡房はなかなか日の目を見ることがなかったそうだ。いかに匡房が群を抜いた知識人であったかは、『江談抄』にエピソードがある。また『江家次第』に記された有職故実は、皆がこぞって参考にしたという。
 他にも、神道や絵馬という、現在でもよく使われる言葉を最初に記したのも、匡房なのだそうだ。当時だけでなく、現代に至るまで、かの人の影響が残っていると思うと、急に身近に感じられるから不思議だ。
 そんな匡房が、敬愛し、ときに自らをなぞらえていた節があるのが、小野篁と菅原道真だ。 
 篁とは、冥府でも官僚として仕えていたというエピソードで繋がり、当代一の学者であり太宰府にも赴任したという点で道真と繋がる。
 だが、優れた人には似通った逸話があるのだなと、素直に読んではいけないのかもしれない。
 なぜなら、それらのエピソードを書き記したのは、他ならぬ匡房だからだ。
 藤原氏全盛の時代、藤原氏以外で参議にまで登りつめることは、そして、その後も藤原氏に追いやられることなく地位を保つことは、かなり大変なことだっただろう。知識や頭の良さだけでなく、政全体を見据えるバランス感覚や権力への駆け引き、リーダーシップが問われる場面もあったはずだ。
 菅原道真を信奉していた匡房は、さらに道真の人生に自分の人生を寄せていく。それは、同じ行動をとることで得られる利益のためでもあるだろうし、道真、篁など藤原氏以外の一族への慰撫でもあったのかもしれない。
 そういえば、皆が参考にした『江家次第』も、事実とは異なるという指摘が当時からあったようだ。だが、書くことに権威のある匡房が遺した記録が、正しいこととして続けられていく。虚構のことも、あたかも真実であるかのように。
 匡房が行ったこと、しようとしたことを深読みすると、わくわくしてくる。一見地味な存在に見えるのは、権謀術数のなかを泳ぎ切った成功者の証なのかもしれない。
 序章に書かれているように、断言できない不確定なところも多く、あちらこちらに謎や因縁が繋がっていくのだが消化不良に感じることもある。
 だが、誰もが読み書きができるわけではなかった頃、ほんのつい最近まで、「どうもそうらしい」という雰囲気で、あやしいことは語り継がれてきたのではないだろうか。
 無邪気な噂話と恐れの混じった信仰とが、庶民の交わす話のなかに雰囲気としてあったのではないかと思う。
 そんなふうに、大江匡房という人について、ああでもないこうでもないとわいわい語ることができる、新たな場を提供してくれる楽しい本だった。







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