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評者◆越田秀男
内なる差別意識、子供の中の戦争(「季刊遠近」)――境界に立つ多和田葉子(「北方文学」)/苦い大スクープ(「民主文学」)
No.3605 ・ 2023年09月02日




■寺山修司の《マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや》は、もはや古典? いや、わが同人誌村の文士達は、国家とはなんぞや、という問いを今も絶え間なく発している。
 内なる差別意識――『子供の中の戦争』(小松原蘭/季刊遠近83号)。小二の〈私〉は父のカイロ赴任で現地のイギリス人学校に。と、早速「黄色い猿」! ESLクラスに変えてもらい、イラン人少女と仲良しに。しかし豪邸に招待されると、生活環境の違いに距離感が増殖。ピラミッド見学、空のコーラビンを拾い集める老エジプシャン、彼を足ゲにする彼女、彼女も《人を人種で区別する》! それから40年以上が……区別は自分の心の中にもあった、《毛深い手足や眉毛や動くと香るツンとした臭いに顔をそむけたくなる時が》。枕元の壁に彼女がくれた絵はがきを飾る。長いこと聖母マリアだと思い込んでいたが、《イスラム教の祭壇の天使の花嫁の絵》であった。
 なお同誌、表紙絵の難波田元さん(現代美術家協会)が年初に逝去された。
 境界に立つ多和田葉子――『「きみ(du)」という天使』(霜田文子/北方文学87号)。関口裕昭が訳注したドイツ語作品『パウル・ツェランと中国の天使』を論述。ツェランの両親はナチスに殺害され、彼は生き延びたものの心を病み自殺(1970)。作品にツェラン自身は登場しないが、化身のごとき主人公と、中国系の副主人公のモノローグ的対話で、ツェラン及び主人公を慰撫する。霜田さんは、多和田における境界とは、言語、民族、国家、生死、狂気・正気――の境にある〈門〉〈閾〉であり、《すくい出されるものを待っている無数の言葉が沈積し、なお生まれでようとしている》場だという。
 それは苦い大スクープだった――『灼熱の島』(源河朝良/民主文学7月号)。1968年9月、沖縄新報、新米記者〈孝平〉は、琉警本部詰めから、嘉手納支局へ。支局長一人に部下彼一人。B29が基地から連日ベトナムに。そして11月19日午前4時、宿直室の二人は「ドーン」という爆音、爆風、激震で飛び起き現場へ。B29のエンジン出火で大型爆弾が破裂、スクープ写真をGet! おや? ライバルの琉球タイムスさんは? 彼等は近隣の家々に避難を呼びかけるに必死だった、核爆弾への飛火をおそれて!
 領土・領海って何だ――『遙かなるヤポネシアへの旅③』(安里英子/コールサック114号)。八重洋一郎詩集「日毒」を引用――《尖閣は領土ではない/尖閣は領海ではない/それはさまざまな人たちの(沖縄台湾韓国中国漂流者…)日々の暮らしの倹しい糧を得るところ》。沖縄の基地負担は、近年の自衛隊基地の拡張策で、米軍・自衛隊単純合算した総面積は2018年を底に増加に転じ、石垣島も“基地のある島”に(琉球新報5月14日Web)。沖縄を守る? 沖縄を盾に?
 国連って何するところ?――『サマイ ポル・ポト カンボジアの悪夢』(中川一之/文芸たまゆら125号)。難民救済団体職員として救援活動に携わった中川さんは、前号で、ポル・ポト政権の残酷な爪痕を小説形式で報告したが、今号ではその背景を論述。その中には情けない国連の決議も。1979年、ポル・ポト政権へのカンボジア代表権承認。年初、ベトナムがプノンペンを制圧、傀儡政権樹立、への対抗措置だったのだが、ポル・ポトらの延命を助長。爪痕の最初の目撃者はベトナム軍だった。カンボジアはいまもフン・センが仕切っている。
 自軍の兵を殺した男――『無責任の戦場』(吉田秀夫/ら・めえる86号)。インパール作戦第15軍、31師団長の佐藤幸徳は、補給もせずに突撃を命じる牟田口司令官に抗命し、独断で師団の撤退に踏み切った。しかし退くも地獄。チンドウィン川岸に辿り着いたのは〈大松博文閣下〉と〈私〉と〈松本上等兵〉。他師団の敗残兵も……が、この川を渡らなければ“生”はない……向こう岸から舟艇、着岸、第15軍主任情報参謀藤原岩市少佐達だった。取り囲む敗残兵、すると少佐達は救うどころか銃を向ける。その時松本上等兵が傷病兵を独断で乗船させようと動く。銃声!
 家族は絆? 出家譚――『苅萱道心と石童丸』(棚橋鏡代/北斗698号)。棚橋さんは説経節で、「信田妻」に続き「苅萱」。なぜ妻子を捨ててまで? 中世の覇権争いは骨肉相食む、血で血を洗うのごとし。出家は地獄と拮抗することだった。北斗699号では竹中忍さんが『踏みにじられたもの』と題し、特攻崩れや、出陣前の特攻兵に麻薬を投与した医者などを登場させ、その家族縁者も含め
時代に翻弄されながらも生きる姿を描いた。
 宮崎県の美々津は神武東征神話の町――『航跡』(杉尾周美/龍舌蘭208号)。昭和15年、皇紀2600年祭、神武東征を古代船で実際に、その発案に国が賛同して、「神武天皇御東行順路漕舟大航軍」が結成され、大成功! 若者の克己心、自立心を鼓舞、しかし時は戦時、若者のエネルギーは全体主義に飲込まれていき、終いには弱視で兵役不可の若者まで“技療手”として……。
 不治の病と奇跡の生還と――『愛子のいた町』(張龍二三枝/青磁45号)。愛子とは俳人の森田愛子。彼女の後半生と、同じ福井県の三国町で生まれ育ち、太平洋戦争でレイテから生還、南方ボケに陥るも、克服していく若者とが交叉する。張龍さんは愛子の初期の句を作中で紹介――《海鼠腸が好きに生まれし女かな》。「女かな」は高浜虚子の句から略奪――《稲妻をふみて跣足の女かな》。
 紀伊国、奥熊野の阿坂村立上郷小学校、昭和10年卒業生36の瞳――『大正十一年生まれ』(中田重顕/文宴139号)。男10人のうち、戦場から無事帰還1、レイテで片腕なくすも生還1、レイテで戦死2、沖縄本島で戦死1、海軍で戦死1、片耳聞こえず丙種も終戦近く召集され南の島で戦死1、予科練・特攻隊で戦死1、満蒙開拓青少年義勇軍で行方不明1、結核死1。女8人のうち、マドンナと呼ばれた石橋京子は陸軍将校の妻となるも、夫はボルネオで戦犯、死刑。李香蘭と言われた大里幸恵は兄も夫も「文宴」仲間。兄はインパール作戦で戦死。夫は玉音放送でバンザイ三唱、昭和22年結核死――《私はまもなく死にます。………息子と孫に看取られて死ぬんですから、私としては上出来………九十六歳だからもう十分》。
(「風の森」同人)







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