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評者◆殿島三紀
人はいかに生き、いかに闘い、いかに死んでいくのか――監督 瀬々敬久『春に散る』
No.3604 ・ 2023年08月19日




■『サントメール ある被告』『星くずの片隅で』『ミャンマー・ダイアリーズ』などを観た。
 『サントメール ある被告』。子殺しの罪で有罪判決を受けたセネガル系フランス人女性の裁判をアリス・ディオップ監督が傍聴したことがきっかけとなって生まれた作品。監督も脚本もセネガル出身の女性だ。被告は生後15ヶ月の娘を海辺に置き去りにした容疑で法廷に立たされている――。彼女は流暢なフランス語で尋問には答えるが、何故彼女が被告席にいるのか、果たして彼女に殺意があったのかどうかすらわからない。「殺したのは太陽のせいだ」とうそぶいた「異邦人」を連想する。実際の裁判記録を台詞に使用した演出はドラマもドキュメンタリーも超えた熱量を感じさせた。
 『星くずの片隅で』。『少年たちの時代革命』でレックス・レン監督と共同監督を務めたラム・サム監督の単独監督作品。コロナ禍の香港の片隅に生きる人々の姿を丁寧に優しく描き出した。本作はコロナ禍でシャッター街となった2021年の香港で撮影。人で溢れ返っていた街並みから誰もいなくなった光景。あの寂寥感や不安感はまだまだ私たちの記憶に鮮明に焼き付いている。しかし、私たちはコロナによって世界中の人が同じ光景を思い浮かべる稀有な時代を共有して生きていることをしみじみと実感する。
 『ミャンマー・ダイアリーズ』。2021年ミャンマーでは軍がアウンサンスーチー氏を拘束し、その後も暴虐の限りをつくしている。インターネットは定期的に遮断され、軍に都合の悪い情報を発信するメディアやSNSが処罰の対象となり、国内外に情報を伝えることが困難になる中、ミャンマー・フィルム・コレクティブという匿名のミャンマー人監督たちが10人の映画監督の短編映画とSNSに投稿された一般市民の記録映像をつなぎ、抑圧された日常を生きる一人称の日記に仕立てあげた。ミャンマーの人々の底力を感じる。
 さて。今月の新作映画は沢木耕太郎の同名小説を映画化した『春に散る』。「ラーゲリより愛をこめて」の瀬々敬久監督作品である。ボクシングに命を賭ける男たちの激しいぶつかり合いにとどまらず、人はいかに生きいかに死んでいくべきかを感動的に描き出した。原作者・沢木耕太郎も「私はこの小説でひとりの初老の男に生き切り、死に切れる場を提供しようとした。それはある意味で、同じような年齢に差しかかった私たちにとって人生の最後の、ひとつの理想の日々を描くことでもあっただろう」と語っているが、映画もボクシングを描きながら、人としての生きざま、死にざまを鮮烈に描き出した作品となっている。横浜流星演じる若者と佐藤浩一演じる初老の男性のいわば二重構造の映画といえるかもしれない。
 映画はボクサー引退後、アメリカで事業を興し、成功を収めたものの充たされない心を抱えて40年ぶりに帰国した男に、ひとりの若者が無理矢理弟子入りを頼み込むシーンから始まる。ボクシングに命を賭けた男たちの物語だ。だから息を呑むボクシングシーンには注目したい。横浜流星や窪田正孝が本作のために鍛え抜いた肉体と技はものすごい。ラストのデッドヒートは「あしたのジョー」の力石とジョーの死闘を髣髴とさせるし、さらには井上尚弥がバンタム級王者スティーブン・フルトンをTKOで倒すシーンも思い出させる。精一杯、闘い抜き、精一杯、生き切る。若者も老人もどう闘い、どう生きるか、どう死んでいくかを考えさせる作品である。
 そして、ボクシングには似つかわしくない本作のタイトル「春に散る」。「願わくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ」。西行法師のみならず多くの日本人が憧れる死の形だ。タイトルからこの歌を連想した観客をいかなる映像が待ち受けているだろうか。
(フリーライター)







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