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評者◆凪一木
その203 下請けとは何か
No.3604 ・ 2023年08月19日




■帰郷してのことだ。外国人技能実習生がかつて、農家で時給三〇〇円という話を身近に耳にした。そんな法外な行為をしている人間が悪人かというと、その農家もつぶれて離農するほどに疲弊していた。工場、漁港その他全国での実習生たちの過酷労働は、ドキュメント作家によってテレビや映画で、たくさん描かれている。だが誰も観ないし、関心すら示さない。この制度で儲けていたのは経営者で、奴隷待遇で逃亡した実習生がギャング化し、市民はむしろ相対的な賃金低下と治安悪化のリスクを負っている。
 一九九三年に始まった技能実習制度を政府は、二〇二三年四月一〇日、新制度に改めると提案。遅い上に怪しい。国の政策上「移民」という語は使えない。語学留学生や技能実習生と称して多額の借金を抱えてやってきて、学校も行かずに、コンビニや牡蠣の貝殻剥きのみで最悪の顛末を迎えた者もいた。逃亡防止策として、パスポートやスマホ、その他を雇用主が搾取する。現代の蟹工船であり、徴用工や慰安婦問題と同じ構図だ。そして、国内も雇用流動型となり崩壊した。ベトナム人だけではない。給与所得者の三六・二%が年収三〇〇万以下(国税庁「民間給与実態統計調査」令和三年分)という下層の国民生活をも壊した。
 かつて私は、ビデオ店の店長をしていた。延滞金の取り立てに行く。多くは取りっぱぐれる。そのうちの一件は、ビデオ好きの中国人留学生だった。
 留学生といっても、働きながらの留学生だ。中国人の住むアパートの一室に、夜の九時半頃、訪ねる。中に、小さな二五インチ程度のテレビ受像機があった。ビデオが流れていた。部屋に電灯はあるが、節約のためか点灯しておらず、その暗い中に、なんと一〇人くらいの若い男女がいた。みな、中国人のようで、静かにビデオを見ていた。ときどき笑いが起き、とても楽しそうだった。唯一の娯楽だろうか。延滞金の取り立てに現れた私は、紛れもなく「招かれざる客」だった。画面にはジャッキー・チェンが映っていた。部屋に積まさっていたビデオを回収したのち延滞金はもらわなかった。
 南アフリカ共和国は、人口の二割しかいない白人が、八割いる黒人を支配している。徹底した人種差別でもって、数による反逆を許さない。ビル管理の現場も似ている。元請けが一人か二人で、あとの五人とか、なかには十数人いる下請けの人間が文句を言いながらも、ストライキもせず、言われるがまま働いている。南アフリカ共和国の白人にはアフリカーナーと呼ばれる早くに入植したオランダ人がいて、彼らは土着の、もはや自国には帰る気のない支配層である。一方、あとからやってきて、アフリカーナーの更に上前をはねる支配層のイギリス人は、黒人の反乱で支配・被支配の逆転が起これば、自国に帰る用意がある。アフリカーナーに比べて、人種差別待遇の考え方は、その分だけゆるい。しかしいずれにしても、この国は、数で勝る黒人の国家になるだろう。
 では、ビル管理の現場はどうか。下請けが人数で勝ろうとも、元請けの優位な支配体制はそのままであろうか。大手の天下り社員は、同じ元請けでも、イギリス白人に似ていて、ゆるい。しかし大手子会社の、叩き上げの社員は、自社での上に対する恨みを、下に向ける。アフリカーナーのごとく、徹底したパワハラに発展させる者が多い。
 いわゆる下請けの「パワハラ以上に」気分として嫌なところは、目の前に、自分よりも給料の高い人間が普通にいることだ。見たくなくても、見せつけられるようなところがある。一言でいうと、絶えず管理下、監視下にあって、ビクビクしながら仕事をする場所である。
 南アフリカ共和国のアパルトヘイトも、直接な暴力よりも、見えないようでいて、隠されていて、しかし存在する、柔らかい暴力のような「差」のほうがきついのではなかろうか。ビル管の下請けもまた、歴然とした差を毎日味わわされる仕組みが、そこにはある。そんな人間と、机を並べるどころか、元請けには机があって、こちらにはない。給料も違うが、権力も、立場も違う。そして、休みや待遇もまるで違う人間が、同じ職場で、同じ会社でもないのに、上の立場として「いる」のである。文句も言えず、別のルールがそれぞれに存在しながら、常にこちらは下位に位置する。ときどき、養殖施設で飼育されている魚みたいな気分にもなる。
 その点、今の現場は、一応元請けなので、飼育者も白人もいない。自由だ。たとえ、どれだけ自分の給料が安くとも、同僚は同じ会社の安月給で、比較の対象にならない。身近に意識をさせる上の存在がいないから、気にもならない。机もある。命令もされない。交渉相手は、自分の会社のみで済む。元請けの都合や意向を忖度したり、考える必要もない。要は、金も心もピンハネされない。高級料理を他人の「おごり」で食べるより、自分のお金で、高級でなくとも、好きなものを自由に食べるほうが良い。
 現在、私の現場に、我が社の下請けはいないが、しかし、清掃や警備は、業務的に分かれているだけで、「下請けの仕事」を負わせているような格好に、私には感じられる。
 その話を私がすると、皆は否定する。認めたくない気持ちもわかるが、世の中全体が、なるべくなら、南アフリカ共和国から脱していくべきではなかろうか。「きつい、汚い、危険」な仕事は、せめて給料を上げろ。そのためには、ストライキとデモを大量の人数で、やるしかない。南アフリカ共和国のかつての黒人状態にあってはいけない。
 NHK「人身売買子どもたちの再出発」(米二〇一八年)は、ガーナのポルタ湖での労働に駆り出される、子供の人身売買のドキュメントだ。ポルタ湖へ救出のための活動団体職員が向かう。自分も子どもの頃に奴隷で救い出された。船の上から手を差し伸べる。だが湖の先へ逃げていく子どもたち。信用できないからだ。その「手」が、救いの神なのか、それとも、もっとひどい現場へさらおうとする別の奴隷業者なのか。分からないのだ。
 新しい現場に行き、そこの元請けの所長の様子をうかがう設備員。異動先で副隊長の異常さをうかがう警備員。派遣先でチーフの恐怖をうかがう清掃員。
 以下は、NHK映像の世紀「ジェノサイド虐殺と黙殺」に登場するPKO部隊司令官ダレールの言葉だ。
 〈先進国に暮らす私たちは、自分たちの命の方が、地球上の他の人々の命よりも価値があると信じているかのような行動をとる。もし私たちが、全ての人間が同じ人間であると信じているのなら、私たちはどのようにしてそれを証明しようとするのか。私たちの行動によってしか証明のしようがないのだ。〉
 下請けと元請けが、平等に対等に仕事をすればよい。証明は、目の前に存在する。
(建築物管理)







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