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評者◆睡蓮みどり
今作もまた楽しみにしていた――ラース・フォン・トリアー監督『キングダム エクソダス〈脱出〉』、オリヴィエ・ダアン監督『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』
No.3602 ・ 2023年08月05日




■つい先日、生後間もない赤ちゃんを母親がビニル袋に入れて埋めるという事件が起こった。詳しい背景が報道されているわけではないが、想像するだけで辛い気持ちになる。また別の事件で、風俗店で妊娠させられてしまった二〇代の女性が我が子を死体遺棄したとして有罪判決が出た。このような痛ましい事件は後をたたない。これまでもこのような事件が起きてしまう背景について、頼れる人がいない環境や金銭的な問題、知的障害の問題など議論はされてきた。だが、結局のところ多くの場合は女性だけが罪に問われ、相手の男性が罰せられることは少ない。男性の避妊に対する知識の乏しさもほとんど問題視されない。世界的に見れば、中絶に関しては「配偶者の同意を必要としない」国が圧倒的に多く、産む産まないの権利は女性の基本的人権であるという考えである。日本ではいまだに中絶手術をするのに、基本的に配偶者の同意が義務付けられている。
 私はカトリックの学校に通っていたため、教育の一環として、中絶することの罪の意識を植え付けられ、ピルの怖さを聞かされて育った。二〇代中盤くらいまではそのような感覚を持って生きてきたが、現状を見るととてもそんなことはもう言えない。苦しむのは誰にも頼れず、医療にかかることさえためらわれるような立場にいる女性たちなのだ。低容量ピルはいまだに高額であるし、アフターピルはさらに一~二万円ほどと高額だ。どちらも医師の診断がなければ手に入らない。間も無くこの夏から来年春にかけて、一部の薬局などで市販化が試験的に始まるが、それも一年にも満たない。命を軽んじる若年層の女性が増えるのではないかという信じがたい意見も見られた。望まない妊娠の可能性に不安に陥るのは女性当人だ。どちらのピルにしてもホルモン量を変化させるので、当然ながら副作用が出る。
 「喜んで中絶する女性はいない」。シモーヌ・ヴェイユは演説で語る。一九七四年、パリでのことである。今から五〇年近くも前に、彼女の功績によってフランスで中絶は合法化された。この法案可決で救われたのはもちろん女性たちだった。サブタイトル通り「フランスに最も愛された政治家」として、彼女がどのように生き、どんな希望を世界に与えたのかが『シモーヌ』では描かれる。本作は紛れもなく一人の偉大な人物の伝記的物語ではあるものの、それにとどまらない力強さを持っている。その生き様は必ずしも時系列に沿っているわけではなく、自伝を書くという彼女が記憶を辿りながら、記憶に沿って物語は進んでいくのだ。記憶について監督のオリヴィエ・ダアンは、「記憶は首尾一貫して蘇ってくるものではありません。記憶というのは、必ずしもお行儀がいいとは限りません。南仏の庭で過ごした夏の夕べが、国の歴史における重要な日付よりも優先されることもあります」と語る。弁護士になるとき、刑務所での劣悪な状況を見て改善しようと働きかけるとき、女性初の議長として「女性の権利委員会」を立ち上げるとき、周囲に屈しない強靭な魂が生き生きと画面に映し出される。
 一方で、アウシュヴィッツをはじめとした、少女時代の経験は涙無くして見ることはできない。ユダヤ人である彼女が経験したあまりにつらい思い出は語ってはならないものとされてきた。思い出すことは苦痛を伴い、PTSDにも悩まされる日々が続く。公に語ると決めた瞬間、過去を受け入れた彼女の言葉はさらなる重みを持つ。誰よりも尊敬する母との別れや、最愛の姉との別れ、収容所での同世代の女の子たちとの出会いなどの大切な記憶は、確実に彼女が成し遂げたことの根源になっていると知らされる。思い出すシモーヌの顔をゆっくりと間近でなぞるようにカメラは捉える。世界をまなざした人への、ただならぬ敬意を込めて作られた作品であることが窺える。
 数多くある自伝的映画の中でも、本作は最も心を動かされた作品のひとつである。単に偉人を知る、というお勉強的な映画からは程遠い。今もシモーヌが生き続けていることをありありと実感させられた。

***

 時を経て人気シリーズの続編が撮られることはままある。最近の大作映画でいえば『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』もそうだ。八〇歳を超えたハリソン・フォードのみならず、初代ヒロインのマリオン役を演じたカレン・アレンが登場するのも見どころのひとつであるが、かつて女性ヒロインはどこかお姫様的存在であり、戦いの後のご褒美的な存在であったのに対し、新作ではヒロイン・ヘレナ(フィービー・ウォーラー=ブリッジ)は逞しさと自ら闘う力をもって、年老いたインディを助けるのに一役も二役も買う。人気テレビドラマシリーズ『セックス・アンド・ザ・シティ』のその後を描いた新章『AND JUST LIKE THAT…』では、主人公キャリー(サラ・ジェシカ・パーカー)のパートナーであるミスタービッグ(クリス・ノース)はシリーズの幕開けから早々に退場を余儀なくされる。#MeTooでかつての暴行が明るみとなったためにその後の出演予定だったシーンもカットされたという。他にも、白人だらけの世界から多様な人種のキャラクターが登場するようになり、ノンバイナリーの新キャラクターが大活躍する。
 このようなハリウッドの人権意識や、世相の反映のさせ方には驚かされる一方で、良い意味で全く変わらないのがラース・フォン・トリアーだ。前回『ハウス・ジャック・ビルト』について、嫌いだが観たくなるというようなレビューを書いた覚えがある。嫌いな映画監督を聞かれれば必ず名前を挙げていた。にもかかわらず、今回もまた新作と聞いて楽しみにしていた(思えば結局のところ前回も楽しみにしていたのだ)。七月七日よりヒューマントラストシネマ渋谷やシネマート新宿を皮切りに、監督作一挙公開のレトロスペクティブ上映が始まっている。そしていよいよ、伝説と呼ばれたドラマシリーズ『キングダム』の最終章がついに公開されるのである(過去シリーズⅠ・Ⅱも上映)。メインキャストが亡くなったことなどもあり、続編不可能とされていたが、二五年の月日を経て、新キャストなどを交えて単なる続編ではなく描かれる。過去のシリーズを見たことがなくとも十分に堪能できるが、これを見た後できっと過去作を見たくなるはずだ。
 いつもながら、手持ちのカメラが揺れ動き続けるので軽い吐き気を催すことは覚悟しなければならないが、ドラマ五話を繋げたという五時間越えの本作は、確かに映画でありつつもドラマシリーズであることを意識させられる。かつて、このシリーズが視聴率五〇%越えだったことにも驚かされ、デンマークという国が非常に気になってくる。巨大病院〈キングダム〉で繰り広げられる様々な人間模様、怪奇現象の数々。あの世とこの世の繋がった世界で、恐怖とはどこにあるのか。一筋縄ではいかないどころか、複雑なようでいて、しかし実はとても単純なのではと思わせるようなつかみどころのないキャラクターたちが次々と出てくる。それに乗れるか乗れないか。どこか試されている感覚が拭えないものの、一度乗ってしまうと非常に面白いという気がしてくるから不思議だ。マッツ・ミケルセンの兄ラース・ミケルセンが出ているのも個人的には嬉しい。
 作品と作家を切り離してみるということを私はできないため、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で主演を務めたビョークが訴えたセクハラ疑惑についても決して忘れることはできないが、これについては事実がきちんと明るみになってほしいと思っている。
(俳優・文筆家)







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