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評者◆凪一木
その201 ビル管を目指す人へ
No.3602 ・ 2023年08月05日




■ビルメン(ビル管理)は気楽だという。「都市だけに」それは一つの都市伝説として広まってもいる。それを期待しても、そういう現場が確かにあるというだけの話だ。私の今いるA省がそうであるが、当たる確率としては五%以下である。それはマッタリ現場とも呼ばれ、「ビルメン太り」という言葉もある。
 マッタリと言われているが、「実際はそんなことはない」というのが言い分としてはある。あるが、慣れてしまうと、マッタリとしか言いようがない。或る一〇階建てビルの一人現場は、朝の巡回のあとまるでやることがない。途中抜け出して毎日喫茶店に行き、映画も観に行っていた。六本木のマッタリ現場では、海外にまで借金で逃げていた男が全額返済したほど給料を貰っていた。某市役所の一人現場でも、某介護施設の一人現場でも、何もない楽なだけの現場だったという。某官庁では、一日一〇分しか動かない。あとの八時間五〇分は全く作業すらしない待機だ。それで、毎日一時間の残業が付くので、毎月二〇時間分だけ他の現場よりも給料が高い。どこの官公庁も、多めの人数を採用しているので、有給は取りやすく、暦通りに、五月は一〇連休有ったという。
 なぜ何もしていないことが分かるのか。B省の一人が私と同じ現場に来た。隣で見ていて、何も仕事ができないからである。仕事のできない私から見ても、何もできないのである。つまりは何もしてこなかったわけだ。良くもまあ、そのレベルで務まったなあ、と思う。だが、務まるのである。そういう現場はしかし、表には見えない。表向きは、マッタリ現場は少ないことになっている。
 マッタリ現場は、基本的に人の出入りが激しくない。そこにいる人間は居心地が良いために動かない。したがって、ハローワークやリクナビなどの募集に載ることはない。定年で人が消えても、その現場を持つ会社内で別の現場から人がやってくる。つまり「良い現場」に異動するわけで、その異動して人のいなくなった「悪い現場」が募集に出ることになる。募集は常に、人を「募集」する現場である。
 逆にまったく何もできない奴だからと言って、マッタリ現場出身かというとそうでもない。異常な過酷現場の場合は、仕事ができないままである。仕事を教えてもらえないうえに、伝達のノウハウもなく、ただただ作業もどきをさせられてきた人間たちである。彼らはもともと資格もなく会社に入っている。またそこは、そういうビル管の世界を知らない素人しか取らない会社でもある。普通は採用されても行かない。そこで、さらに資格のないままに現在に至っている。必然、仕事はできないままなのである。その後にどこかの現場で働きながら資格を取らなければ、その先の道はない。
 最大のマッタリ現場は自社ビルだ。まず募集には出てこない。余裕のある転職希望者で、マニアのように、眺めつづけて見つける男を一人知っている。その努力もまた気力がいる。
 私が最初に就いたのは病院だ。想像以上の狂気の現場であった。仕事が多いのもあるが、実は人数が沢山いてこなすのは簡単だ。実際にきついのは癖のある先輩たちによるパワハラと無駄な教育の嵐である。教育といっても「目で盗め」「見て覚えろ」と言いながら、自分は天井に上って、下から眺めさせ、作業内容を背中で隠す。人格否定をする。
 志村という私の会社の上司がいて、その志村さんを、別の同じ下請け会社の同僚が、「お前は志村けんと同じバカ殿様だな。同じ志村でもあっちはお金貰ってわざとバカやっているけど、お前はただのバカだ」。そのいじめをしている人間自体が、元請け八人のうちの最下層からさえいびられている。私はといえば、志村係長の下の連中のさらに下である。
 次がホテルだ。これに商業施設(百貨店、大型複合施設など)を加えて三大外れ現場といわれる。「病院(ホスピタル)・ホテル・百貨店」の3Hである。警備の仕事も兼任だ。そこで年齢が三〇歳くらい下の空手をやっている男から、こう言われた。「武道をやっている人間は暴力を振るわないというけど、時と場合によりますよ」。その男とソロバン塾のような地べたに座らされて、所長は、これも二〇歳ぐらい年下の詰まらない男で、回転椅子に腰掛けて、上からいろいろと語っていた。病院よりも嫌であった。
 三つ目が、民間のオフィスビル。テレビコマーシャルや、甲子園、東京ドームの看板でもお馴染みの有名会社の自社ビルだ。仕事はほとんど面倒ではなく、余裕もあった。だが、それだけに変な人物が入り込んでいた。ビル管は癖の強い人間が多いとは、既に何度も書いてきたが、それらを遥かに超える圧倒的なビル管スターとも言えるサイコパスである。
 以前に、この連載を書籍化できないかどうか持ちかけた。『交通誘導員ヨレヨレ日記』(柏耕一)でヒットを飛ばした三五館シンシャである。だが、丁寧に断られた。既にシリーズも数作予定が決まっていて、新作に取りかかる余裕がないという実情もあった。だが、やはりネックは、あの部分だったと思われる。「最古透」関連にかなりダークな記述が多く、内容的に市場性を見いだしにくいとのことであった。私の文章が気に入らなかったのもあると思うが、やはり、あの部分、それはサイコパスである。
 サイコパスはこの時代(暴力の時代に隠れていたものが顕在化した)に増えているとも言えるが、この業界にこそ「居やすい」のだとも言える。ストーカー行為等の規制等に関する法律(二〇〇〇年制定、二〇二二年改正)によって、却ってストーカーという寝た子を起こした事例も起きている。二〇二三年一月にJR博多駅近くで起きた殺人事件でストーカーは、規制法で規制されて逆上したと供述しているようだ。サイコパスも、刺激したくない理屈がはたらいてしまう。ネット上でのしつこい絡み、粘着質な揚げ足取り、ヤクザまがいの因縁も、かつて隠れていたものの顕在化なのか、毎日のように目にする。
 ビル管理職に入る上で気を付ける3Kは、1=きつい(パワハラと嫌がらせ)、2=汚い(トイレや汚水槽、厨房のグリストラップ作業)、3=危険(高圧電流、高所作業、Vベルト交換、劇薬取扱)があり、安給料も加えて3K1Yだという人もいる。だが、警備や清掃や介護よりも給料は高い。かつ1と2では、明らかに彼らよりも被害は小さく、3も気を付けさえすれば、防ぐことが可能だ。本当の問題は1の中の、他ではなかなか目に出来ないサイコパスである。
 以上、アドバイスにならないかもしれないが、私もこの業界を変えていくつもりである。
(建築物管理)







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