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評者◆志村有弘
木山葉子の構想豊かな小説(「木木」)――世界滅亡の危機を感じる貝塚津音魚の詩(「那須の緒」)
No.3601 ・ 2023年07月29日




■木山葉子の小説「山城下の街で」(木木第34号)の語り手・江利子は、失踪した夫の洋二を捜して山城下に来て、スナック「愛」に入ったとき、ここに洋二が拉致されていると思う。出戻って来た娘とその母親(「愛」の女主人)が洋二を「取り込んで骨なしにした」という「十七年前の噂は、事実で」あった。洋二は「愛」の裏の空地で、客が注文した物を調理していた。江利子は洋二と言葉を交わすうちに、次第に夫婦としての実感が湧いてきたものの、「何もないそんな時間を生きてきたような」空しさを感じる。構想豊かな推理小説を読むような面白さ。作者はこの方面の資質も有すると思った。
 歴史・時代小説では、蔦恭嗣の「佐渡と比丘尼」(AMAZON第519号)が達意の文章で綴る力作。熊野の比丘尼たちは山の資金を集めるため、全国を旅した。比丘尼のお景(清景尼・二十二歳)は、小集団熊野比丘尼のまとめ役。佐渡は金銀で賑わい、働く者の賃金も高く、労働者も集まっていた。島で清景尼は名付け親の清音尼から妓楼の経営を託された。作中、妓女琴糸の身請けに関わる無理心中事件が記される。四十数年が経過し、お景は青岸渡寺で勧進の世話などをしており、清音尼が九十歳近くまで生き延びたことも記されるが、琴糸のような悲劇があり、キリシタン弾圧で佐渡の坑夫たちも処刑されたといい、人生とは何であるのかを考えさせられる。
 随想では、西園徹彦(西口徹)の「『相思樹の歌』執筆始末」(吉村昭研究第62号)が、心に残った。西園の小説『相思樹の歌』(左右社刊)が完成するまでの経緯・感懐を綴る。この小説は沖縄戦で戦死した若者やひめゆり部隊の女生徒たちの悲劇を視座とする鎮魂の書。吉村昭は〈事実〉を作品の根幹とする作家であったが、西園の作品も〈事実〉に基づく作品。西園は随想中に「『殉国』を久しぶりに読み直しまし」た、「吉村昭先生」という記述をしている。西園自身、吉村に深い敬愛を抱いていることを知る。その「吉村昭研究」も六十二号を重ねた。同人諸氏の努力にひたすら畏敬の念。西行関係の随想が目に付いた。西澤建義の力作「高野山における西行」(文芸復興第46号)は、覚鑁と真言密教・口称念仏のことなどを詳細に記す。泉浩二の「崇徳院の悲運な生涯と西行法師の流離いの旅」(四國作家第55号)は、崇徳院の怨霊譚の成立や青海神社から白峯御陵までの参道の名称を記す労作。「四國作家」同号掲載の市原信夫の「転向と非転向‐島木健作と宮井進一」は、島木と宮井の出会いと交流等を丹念に綴り、香川近代史の上からも有益。「文芸・江さし草」第186号に櫻井択郎が明治期の貴重な俳諧資料「田沢稲荷神社田毎 (庵)句額について」を掲載。
 詩では、貝塚津音魚の「殺生石九尾の狐が蘇ったか&イノシシの知恵」(那須の緒第19号)が、世界の危機を予測するかのような作品。令和四年三月、九尾の狐で名高い殺生石が真二つに割れ転がり、「世界を二分化する不吉な予感」がし、その前の二月、ロシアによるウクライナ侵攻が勃発。十二月十日には、殺生石で猪八頭の死骸。貝塚は九尾の狐が蘇ってプーチンを操り始めたのか、とも述べる。物価高にあえぐ人々の生活苦が溢れ、イノシシは、鉄砲で撃とうが、火をつけたもみ殻から煙が出ている所にもコメくずを食べにやってくる、イノシシたちは母親から、火や火薬の怖さ、人間の怖さを「教えてもらっていなかったのか/人間の知恵に」「近づきつつある獣たち」の知能は「自殺までするイノシシが出現したのだろうか?/九尾の狐がイノシシの命までも操り始めたか」と結ぶ。私はこの詩に、未来に存在する世界の危機を感じた。天瀬裕康の「へいわをかえせ」(コールサック第114号)は、峠三吉の病と死、『原爆詩集』、資料展のことなどを記し、ウクライナ戦争に触れて「もう これ以上/戦争を続けないでほしい/いや続けてはならぬ」、「へいわをかえせ」と綴る。平和を願う詩人の思いが滲み出る。東延江の「雪 たゞ白く降り積る」(りんごの木第63号)は、雪が降り積る光景を記し、「むかし」作者が北海道で一番雪深い街に住んだとき、家が雪にうまり、「玄関から雪の階段をつくって外に出た」と回想し、「たかゞ三日の大雪に/とまどい/うろたえる今に生きる人間の弱さ」と述べ、「降るがよい/降るがよい/空のもっと遠くで広げた/大きな手を/都会の上に/その手をかざすがいい」と結ぶ。雪が降り積ったことで、物置小屋が雪の下で「うめき声をあげ」、軒下の雪は行き場を失って「泣き叫ぶ」という擬人法も表現の妙、そして平易な詩語で展開させる作品の見事さ。
 短歌では、原田千万の「さて、」第13号掲載の短歌に「もはやわれに傷つきやすき若さなど微塵もあらぬあらぬと思へ」という孤愁の中に諦観を感じる歌。同誌掲載天草季紅の「いつの世も戦争ありて紙魚のごと宗教ありて救ひとならず」の歌も諦観。選び抜いた歌語を見事に連ねる歌人たちの才に敬服。
 俳句では、岡田尚子の「冬銀河死闘の果ての棋士の黙」(てくる第32号)が瞬間を捉えて鋭い。
 「飢餓祭」第50号が凛々佳(古舘佳永子)、「コールサック」第114号が黒田杏子・齋藤愼爾、「逍遥通信」第8号が竹中征機、「どうだん」第874号が山内宥厳、「花」第30号が田中和夫、「文華」第22号が島田昌寛、「文芸思潮」第87号が加賀乙彦、「別冊關學文藝」第66号が松本道弘の追悼号(含追慕号)。ご冥福をお祈りしたい。(時評掲載時の関係で、取り上げさせていただいた作品の内容と合致しない場合があります。たとえば「六月の時評」とは、作品を六月に拝見しましたという意味です)(文中敬称略)
(相模女子大学名誉教授)







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