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評者◆凪一木
その198 八時半再考
No.3599 ・ 2023年07月15日




■東京地裁は、三月二七日に元上智大教授林道郎のセクハラ訴訟で支払命令判決、四月六日に元早大教授渡部直己セクハラ訴訟で賠償命令判決を下す。少しずつではあるが、性加害者たちは、犯行をやりにくくなっているのではないか。
 映画界、演劇界を巻き込んでのセクハラ、パワハラ撲滅運動の流れの中で、映画ライターの森田真帆は渡米し、コンセント・エデュケーターの資格を取得した。帰国後にブログで、こう記している。日本では「いやよいやよも好きのうち」という言葉もあり、〈同意〉がとても軽く見られてしまいがちだ、と。そしてコンセント(同意)において大切なこととして、初めに挙げられた順の三番目が、私にはとても胸に来た。
 1=自由な意思〈プレッシャーや強要もなく、力関係が働くことなく【はい】も【いいえ】も自由に言える〉2=自覚すること〈力を持つ人間は、自分が相手に及ぼす圧力を自覚する責任を持つ〉3=柔軟な意思変更〈いつでも自分の決断を変えられる権利があります。数日前にYESと言っていたとしても、今日、来週でその決断は変えられる〉
 もう現場は去ったけれども、九時半出勤を、自身の飲み会設定のために強引に八時半に変更された経緯を、再考してみる。八時半男は、オーナー会社の意向だとウソまでついた。合理的な理由がない。その上、昼食時間が一三時半に終了し、夜の食事時間が一六時からとなった。馬鹿げている。私一人が抵抗して、結局は下請け会社の上司が、これまた急造で穴だらけの契約書を作ってきて、押し通された。私は判を付いていない。笑ってしまうが、責任欄の名前が違う。二枚のうち、片方が前任者、もう片方が新任者。さらに(故意なのか)休憩時間を休息時間と記述している。
 柔道や純ジャンプで、ルール改正して、「わざと日本に不利になるように」ルール考案されているとは、その度に議論される。小選挙区制は、大政党である自民党に有利だ。税金の使われ方、年金の払われ方、その他のルールも予め決まっているようで、それらは、その都度、改正され、また出来上がる。NHK受信料はこれいかに。
 裁判官に×を付けさせる方式も、そう「させない」仕組みを上手く仕掛けられている。大抵の日本人にありがちな「現状を否定する人間」が村八分になる構図を利用している。×など、「敢えて」は付けにくい。こういった雁字搦めにするマヤカシは、思わせ振りであり、実のところ、もっとシンプルにできる。それを直す契機が選挙なのだが、やはり八時半とそれを支持する連中が、自ら騙し騙され、訳の分からないルールのままである。私に同調することなく、フェラーリ以下、皆従うのである。貴君の生活がままならないのは、隣にいる八時半支持者のせいではないのか。
 よく、当事者同士でしか本当のところは分からない、という。当事者自身、いったい何を分かっているのだろうか。それに「当事者同士で解決をしなさい」となると、親と子、暴力団員と一般市民、映画監督と女優、社長と社員、先生と生徒では、権力、その他の力のある者の方が強いではないか。ウソも捻じ曲げられるし、本当も消される。
 また、そのためにこそ裁判があるとも言われる。彼ら裁判員は、どちらの側なのか。精神科医の診断を信じるからこそ、解離性同一性障害(多重人格)であれ、双極性障害であれ、病名が成立するし、それに基づく薬の処方も許される。裁判官を信用するからこそ、その裁きを受けられる。しかし、現行の裁判はそうなっていない。
 TBS『報道特集』(二〇二一年二月二〇日)を見る。性虐待の父親は二年六ヶ月の実刑判決でしかない。出所後は離婚し別の女性と結婚する。その後妻には一三歳の連れ子がいた。その子と性行為で逮捕。再び裁判で、「自分の性癖だと思います」。懲役一〇年。監護者性交等罪は平成二九年刑法改正により新設された罪だが、被害者年齢が一八歳未満に限られる。二〇一七年の愛知県の裁判では(一八歳以下の立証できず)無罪。これらを考えると、「当事者同士でやりなさい」「裁判で決着をつけなさい」「周りの者は口を挟むな」といった言葉は、その言葉を発する者自体が、力のある側に近い場合は、二重に危険だ。
 犯罪者は反省しないし、後悔するのは自らの犯罪に対してではなく、それを非難される立場になったことについてである。
 では、被害者はどうしたらいいのか。少なくとも、力のある側ではない人たちと、どれだけたくさん知り合い、逆の力を得られるかである。自分が力を持ってしまうと、今度は、自分が犯罪に相当するか否かを別として、力の行使を知らずにやってしまう。だから、より力のある者に頼るのではなく、力のない者が、心の影響力で、納得しうる言葉の力で、不平等からどれだけ免れているかを目指しての闘いになる。
 弱い者が、社会であれ、学校であれ、会社であれ、孤立させられたら、そう簡単に勝ち目はない。力のない者の中から仲間を見つけ、小さい輪であれ、力のない者が力のない者を頼りながら、その輪を広げていくしかない。既に力を持っている者は、これはもう、困っている者に、嘘でも被害を訴えるほどの弱い者に、渡すしかない。お金に限らず、愛でも、心でも、形にして、或いは工夫して、配るしかない。だがその配分がされなかったから、世界は現状こういう状態なわけで、それを嘆いても仕方ない。
 当事者同士が一対一でやれば良いという。その場を誰が設けるのか。私は個人的に、八時半を誘って「話し合いをしよう」と申し出た。だが拒否された。向こうは「会社内で」と言い、それは完全に不利で、こちらが結果的に処分される仕組みだ。同等のようでいて、そうではないことを分かっていない。或いは八時半は分かっていてやっているのか。
 八時半は、点検内容、規則、勤務時間まで自由に変更する。近隣清掃ボランティアを自分はやらずに、早出出勤してサービス残業しろと命令する。休日や早退が気まぐれで、休みであることをわれわれ現場の勤務者に知らせない。年間二人のみ合格という国家資格でもない希少資格試験を推奨し、受験させようとする。日本の企業は、この八時半の男を止められないものなのか。
 自由な意思で、柔軟な意思変更をしたい。意思は、他に選択の余地が殆どない場合にさえ用いられる。環境に恵まれている人に分かるかどうか難しいが、殆ど自分の意思を貫くことが出来ない状態の人間もいる。ガンジーの無抵抗主義も意思だろう。だが、森田真帆の「あとから意思変更をしたい」という方法は使える。
 もう一度「当事者同士」八時半の男を誘ってみようと思う。
 私はまだ、同意はしていないのだ。
(建築物管理)







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