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評者◆殿島三紀
刑法175条という魔女狩り――監督 セバスティアン・マイゼ『大いなる自由』
No.3598 ・ 2023年07月08日




■『ウーマン・トーキング 私たちの選択』『世界が引き裂かれる時』『アシスタント』等を観た。
 『ウーマン・トーキング 私たちの選択』。監督・脚本はサラ・ポーリー。原作は2005年から09年にかけてボリビアの宗教コミュニティで実際にあった事件を基にしてベストセラーになったミリアム・トウズの同名小説。性被害にあった女性たちが犯人をかばい続ける男たちの留守にした48時間の間に自分たちと子どもたちの未来のために話し合い、決断を下す姿を描いた力強いドラマ。
 『世界が引き裂かれる時』。監督・脚本はマリナ・エル・ゴルバチ。2014年7月にウクライナ・ドネツク州で起きたマレーシア航空17便撃墜事件を背景にし、村人が親ロシア派と反ロシア派に分かれて対立する中、出産を控え大きなお腹で懸命に生きる女性の姿を描いた戦争ドラマ。なにげない日常生活が突然崩壊していく戦争の残酷さが淡々と描き出される。
 『アシスタント』。監督・脚本・編集はキティ・グリーン。2017年、ハリウッドで火を噴いた「#MeToo運動」から生まれた作品である。憧れていた映画業界が抱える闇に気づいてしまった新人アシスタントのジェーン。彼女を通して多くの職場が抱える問題を描き出した意欲作。
 さて、今月の一推し新作映画は『大いなる自由』。かつてドイツには男性同性愛を禁じた刑法175条という法律があった。それ程昔の話ではなく、撤廃されたのは1994年。175条はナチの時代に厳罰化され、戦後も東西両ドイツでそのまま引き継がれた。1969年になって西ドイツでは21歳以上の男性同性愛は非犯罪化され、1994年に撤廃された。175条が有効だった120余年の間には14万人もが処罰されたといわれる。この法律に女性同性愛が含まれないのは、女性には性的衝動がないので女性同性愛者は存在しないと刑法の対象外とされていたからだ。なんとも差別的かつ偏見に満ちた悪法だった。
 本作は一方的な迫害の歴史の中で、それでも自分は男性しか愛せないと生き抜いてきたハンス・ホフマンの物語である。1945年、戦争が終わり、同性愛の罪で強制収容所に収容されていた男性が連合軍によって解放されながら、そのまま刑務所に直送され、刑法175条に基づいて残りの刑期を務めあげたという実話が基になっている。戦後、体制が変わっても刑法175条は引き続き継続し、彼の拘留は強制収容所から刑務所へ場を移して続いたのだ。その罪は殺人でも強盗でもなく同性愛者であることだけ。
 監督・脚本はセバスチャン・マイゼ。1976年オーストリア生まれで本作は長編フィクション第2作目となるが、古い記録を調べ、当時の証人に話を聞くことで、いまも影響を及ぼし続ける出来事の全容を初めてはっきり知った。監督は「主人公のハンスは罪もなく繰り返し刑務所へ送られ、存在を否定され、国家の記録の中に消えていった無数の人たちであり、その人たちの運命そのもの」と語る。
 「どうしても同性が好き」という気持ちを他人が抑えつけたり、否定することなどできない筈なのに、さまざまな手立てを弄して違反者を摘発しようという権力の在り方には魔女狩りにも似た執念がある。同性愛を敵視するのはマッチョなヘテロや戦時下の「産めよ増やせよ」思想の反映か。そういえば、日本でも同性愛は非生産的と発言した政治家もいた。ご近所づきあいはしたくないと言った人もいた。
 戦争が終わった1945年、恋人と共に投獄された1957年、そして刑法改正が報道された1969年。この3つの時代を通して本来の愛を求め続けたハンスの人生はほぼ刑務所内部に限られている。うす暗くじめじめした刑務所内部の光景は薄暮の色で表現され、観客を陰鬱な世界にひきずりこむ。
 20年に及ぶ刑務所暮らしから解放された彼が向かったのは「大いなる自由」という名の男色バー。そこで彼の下した決断はその心の懊悩を鋭く抉り出す。
(フリーライター)







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