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評者◆凪一木
その196 二七歳の新入社員
No.3597 ・ 2023年07月01日




■『マイ・インターン』で七〇歳の新入社員を演じるのは、シニア・インターン制度で雇用されるロバート・デニーロだ。この日本版ドラマ「六八歳の新入社員」は、草刈正雄が演じ、ともに若い世代との交流の難しさと面白さを描く。
 ビル菅の場合、その年齢は驚くに値しない。前の会社の元同僚が盛んに心配している。現場に七九歳の新人が入ってきたという。だが、彼自身が七四歳である(あんたの方も心配だよ)。私の会社では七八歳の設備社員が、現役のまま死亡した。現場はB省である。そのせいもあって、多少は高齢者に気を使う会社になった。だが、私のいるA省でも、最高齢七五歳前後が三人いる。
 そして、若い方の年齢に話を移すと、そちらの方が心配なのだ。二七歳の新入社員のことだ。直ぐにでも辞めるだろうと皆が思った。こんな爺ばかりの現場では、話し相手もおらず、しかも皆、仕事サボりの名人揃いだ。知識も増えなければ、作業を覚えることもない。面白くないに決まっている。
 三〇歳以下は希少種であり、まして一流大卒だ。早稲田大卒のエリートが去ったあと、入れ替わりのように入社して来たワセダ二号(以下はW2)である。なぜこの業界に? と皆が首を傾げた。「何かある」。そしてその予想は的中した。やはり理由があった。
 実は身上調査されると、大手では取ってもらえない事情があるので、ビル管に流れてきたという。大学四年の八月、名門企業に内定が決まる。だが、調査の末に取り消される。仕方なく、希望ではないIT業界に就職した。ITと言ってもSI屋(SIer)と呼ばれる業務や基幹のシステム設計開発なのだが、人材斡旋の手配師みたいな仕事だという。それなりに働くも、喧嘩して会社を辞める。失業給付期間が過ぎ、さらに三カ月経ってしまう。結局、急造で資格を危険物(乙四)のみ取って、我が社に辿り着いた。
 「奴隷・平民・貴族・神様」という大学の体育会系上下関係を指す言葉がある。防衛大学校は「1年ゴミ2年畜生3年人間4年神様」、漫画『嗚呼、花の応援団』の南河内大学応援団では「1年ゴミ2年奴隷3年人間4年神」、石毛宏典の語る「駒大野球部」は「1年畜生2年動物3年人間4年神様」。巨人の柴田勲が二軍に落とされ、ゴミ拾いをさせられ作った『多摩川ブルース』にはこうある。♪一年二年は夢の内、だんだん消えてく同期生。あの怪物江川卓さえ、法大で一年からエースとなるも、唾入りのコーラを飲まされた。ビル管でも、新入り虐めはあるのだろうか。
 ある。多種多様にある。老獪だ。その一部始終を、古希を過ぎたビル管学校の教師から私も聞かされた。酷いと思ったが当時は他人事だった。聴いていたはずなのに、耳に残らなかった。それぐらいに現実は強烈な体験で、一人は死亡し、退職者は未だに続出している。卒業生の多くは未就業のままだ。
 札幌で、プリンスホテルの解体作業をしたことがある。生意気な浪人生だったので虐めに遭う。或るとき、積み忘れのゴミをズタ袋一杯「札幌駅まで手で運べ」と責任者に言われた。距離的にはどうということもない。だが繁華街を通る。顔見知りに会う。嫌がらせだ。立場の弱い先輩が、私のため、その責任者に反論してくれた。そして私に向かって叱る。
 「誇りを持て。言われてもするな。出世する者もしなくなる」。
 何故新人をいびるのか。自分に自信がないからだ。実は仕事ができないからだ。それがバレるのが怖い。そしてもう一つの理由は、ここが日本だからだ。
 W2にとってラッキーだったのは、この現場が暇な官庁であったことだ。確かにビル管特有の変な人間は、私も含めかなり沢山生息している。だが、その「変」が発揮されないのは、A省には余裕があり、切羽詰まってもいないので、飽和量を下回っているからだ。
 金持ち喧嘩せず。ギスギスした現場では揉め事が起き、時間と人員のない現場では事故も発生する。しかし二カ月の実習期間を過ぎると、W2は、港区の新築現場へと異動する。辞めなければいいとも思うが、辞めるのも手だと思う。その歳でビル管なんて。
 新人時代の五月みどりは、〈「歌のレッスンを受けていた先生に犯された」のが初体験〉(『週刊新潮』1975年10月30日号)との強姦告白があり、特に『週刊現代』1974年6月6日号には詳細な記述がある。それでも、そんな「隠れた犯罪」をすれば、精神的な悪影響で、歌唱力や、雰囲気作り、迫力、佇まいにおいて、その歌手に差し障りがある。そう考えると、新人にそんな傷をわざわざ付けるようなことはできないはずなのだ。
 それは、俳優にしても、会社員にしても同じだ。大切に育ってほしいとか、大成してほしいと願うのなら、とてもそんな馬鹿げた真似はできない。
 強姦ではないが、統一協会が、桜田淳子の歌唱を潰したと思えるのは、私だけではないだろう。同世代デビューの石川さゆりの現在の健在、いや充実、技量の革新ぶりと比較するに、桜田の不在は勿体ない。これはシナリオライターにしても同じである。潰された新人もいるだろう。
 〈万が一、「自分の周辺にはありえない。見たことも聞いたこともない」という人がいるなら、その人は必死に想像しなければならない。映像の世界で働く夢を断たれ、収入も仕事も失い、恋人や夫を失った女性たちがいたということ。また今もなお、ひとりで傷を抱えこんだまま苦しみ堪えつづけている人たちが存在するということを。〉(現代ビジネスオンライン/小川智子「脚本家」の世界のハラスメントについて、いま私たちが声を上げる理由)
 この言葉を、何度もしつこく拡げなければ伝わらない現実がある。だから私は嫌がらせを越えても記し続けたいのだ。小川は、『キネマ旬報』三月下旬号でも#metooについてこう訴える。
 〈「自分が生きている間には変わらない」くらいに思っています。(中略)大事なことは次の世代に負の遺産、腐った空気を残さないこと。〉
 自分にできることは何か、とにかく声を上げることから始めよう、と。(裁かれもしない)加害者にとっての「耳の痛い」アクションをしなければ、人間の精神構造までをも、健康であろうとする側が踏みにじられる。正常であろうとする側の方が、破壊されている日常を我慢して生きなければならない。事実を知りたいというよりも、本当のことを教えて下さい、という気持ちなのだ。塩野七生ではないが、「男たちへ」と言いたい。澤穂希「苦しいときは、私の背中を見なさい」。
 タモリがインドで危機に瀕し、或る人に助けてもらう。「日本に帰ったらお礼をしたいので住所氏名を教えて下さい」「お礼は今度、別の困っている人に出会ったとき、その人にして下さい」。
 私も札幌のズタ袋のリベンジを、東京の霞が関で、新人の行く港区で、何とか行動したい。W2よ。パワハラに遭ったら私に言ってくれ。必ず守ってやる。
(建築物管理)







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