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評者◆粥川準二
広島G7サミットは、「ワクチンの配分」と「学術論文のオープン化」をめぐる問題を解決したか?――本来はできるだけ社会化されるべきものが、過度に民営化されてしまっている
No.3595 ・ 2023年06月17日




■この五月一九日から二一日にかけて、筆者が住む広島市で広島G7サミットが開催され、多くの国際的な課題が提起された。ここではワクチンの配分と学術論文のオープン化という二点のトピックにしぼって振り返る。
 現在も進行中の新型コロナ・パンデミックでは、ワクチンが低中所得国に行き渡らない「ワクチン格差」という問題が浮上した。低中所得国は自分たちでワクチンを手に入れることが困難で、資金援助も遅れたため、アフリカなどではワクチンを打った人の割合が低いままである。オックスフォード大学などが集計・発表し続けているデータサイト「Our World in Data」によると、現時点でG7の国々ではコロナワクチンを一回以上打った人は七割から九割に達するが、アフリカではカメルーンやコンゴ、マリなど二割に満たない国もある(無署名「世界のワクチン格差、広島サミットで支援の枠組み議論…接種1割台にとどまる国も」、読売新聞、五月七日、の記述を筆者が情報源で確認)。
 広島G7サミットは五月二〇日、保健に関する首脳声明を発表し、パンデミックを教訓に、国際保健分野での「広島ビジョン」という方針を示した。広島ビジョンでは、感染症危機に対処するためにワクチンなど医薬品の開発から資金集め、承認から配送まですべての段階におけるシステム構築の必要性が強調された。また、先進国だけでなく途上国でも医薬品を生産する「製造の分権化」も目指すとした(神宮司実玲、浜田陽太郎「G7保健分野で首脳声明 医薬品を公平に届ける「広島ビジョン」も」、朝日新聞、五月二一日)。
 一方、市民団体などはこの首脳声明が不十分であると批判した。市民団体の国際組織「C7」は二一日、広島市で記者会見を行い、公的資金を使って開発されたはずのワクチンや治療薬などを、一部の先進国の製薬会社が知的財産権で独占していることなどを批判した。C7は四月、日本政府に対して、ワクチンや治療薬などを世界の「公共財」として扱い、知的財産権の技術移転を促すように提言していた。しかし首脳声明は、ワクチンや治療薬などを公平に分配するための世界的なシステムをつくるという姿勢を示したものの、「自発的協力に基づく」と述べるのみにとどまり、知的財産権に関しては触れなかった(山本尚美「ワクチン格差巡るG7首脳声明は「不十分」NGOなどが批判」、毎日新聞、五月二一日)。
 またワクチンを含む医薬品開発など科学技術の発展のためには、研究成果が広く共有される必要がある。研究成果は通常、学術論文にまとめられ、出版社が発行する学術誌に掲載される。しかし近年、その購読料が高騰し、大学や研究機関のなかには購読する学術誌の数を減らしているところもある。日本国内の大学は、二〇二二年度には四〇八億円の購読料を彼らに支払った。
 そのため研究者などは、本来なら公的な資金から得られた研究成果は広く社会に還元すべきだとして、誰もが無料で論文を読めるように「オープンアクセス(OA)」を推進してきた。
 OAが進めば、研究者は自分の論文が多くの人に読まれたり引用されたりするチャンスが増え、科学の発展やイノベーションにつながると期待される。出版社はOAに反対していたが、その後、OAの論文を掲載する際に研究者から掲載料を徴収する方法を考え出し、OAを支持するようになった。しかし、その額も高くなっており、出版社は購読料と掲載料の両方で利益を得ている。このため、大学と出版社の間で契約の見直しが進められている(小寺貴之「G7会合の主題に…オープンサイエンスが科学の商業化を加速させている」、日刊工業新聞、五月一一日)。
 日本政府もOAについて検討を進めてきた。そして五月一二日から一四日にかけて仙台市で開かれたG7仙台科学技術大臣会合では、「G7科学大臣コミュニケ」(共同声明)が採択された。
 同会合のメインテーマは「信頼に基づく、オープンで発展性のある研究エコシステムの実現」で、オープン・サイエンスの促進、不正な知識・技術移転や外国からの干渉への対策、気候変動などの地球規模課題への国際協力などが今後の科学技術政策の方向性として議論された。
 共同声明には「科学研究の自由と包摂性の尊重とオープン・サイエンスの推進」という項目があり、G7が科学的知識や研究データや学術出版物など公的資金で支援された研究成果を公平に共有し、OAを拡大するために協力することが述べられた(無署名「G7仙台科学技術大臣会合、オープン・サイエンス拡大に関する共同声明を採択」、カレントアウェアネス‐R、五月一七日)。
 ワクチンの国際的な配分と学術論文のオープン化という二つのトピックに共通する問題は、公的資金で支援された成果が、一部の民間企業によって独占され、その結果、技術革新が遅れたり、人々の生命が脅かされたりする可能性があることだ。つまり本来はできるだけ社会化――物事を社会で所有・管理すること――されるべきものが、過度に民営化――物事を個人や企業で所有・管理すること――されてしまっている、ということだ。広島G7サミットがほんのわずかでも、それらの再社会化を進めたことになればいいのだが……。
(叡啓大学准教授・社会学・生命倫理)







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