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評者◆祐太郎
良き諜報員は自身の良心に従った
命のビザ 評伝・杉原千畝――一人の命を救う者が全世界を救う
白石仁章
No.3593 ・ 2023年06月03日




■戦前の外交官・杉原千畝のわかりやすい評伝である。私も杉原千畝というと、リトアニアで数多くのユダヤ人にビザを発給し、晩年、イスラエル政府から「諸国民のための正義の人」に選ばれたものの、戦後は外務省から冷たい扱いを受けたぐらいしか知らなかった。
 なぜ、杉原はあの時期にリトアニアにいたのか。
 杉原は苦学して外務省留学生制度に1919年に合格した。本人はスペイン語を選択したかったらしいが、希望者数の調整でロシア語を選択させられた。ロシア革命後のシベリア出兵中でソ連との関係は冷え込んでおり,希望者が少なかったのである。これが彼の運命を変えることになる。
 彼の留学先は、ソ連には当然行けなかったので、中国東北部のハルピンであった。当時のハルピンはロシア革命を逃れた赤化(=共産化)されていない白系ロシア人が多く住んでおり、のちにソ連からスパイ学校と名指しされたハルピン学院に入学。兵役を経つつも優秀な成績で卒業。1926年、26歳のとき、彼が作ったネットワークからもたらされた情報を基に、600頁にもわたる「『ソヴィエト』聯邦国民経済大観」を書き上げ、ソ連通として名をあげるようになる。満洲国建国後は、満洲国外交部に出向。彼はソ連が持っていた東清鉄道譲渡交渉であった。ソ連が高値に釣り上げたものの、彼が築いた白系ロシア人ネットワークからの情報をもとにタフネゴシエーションを駆使し、約4分の1以下の金額まで値下げさせることに成功。
 このことがソ連の怒りを買い、1937年、外務省が杉原をソ連駐在に派遣しようとした際、ソ連が「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」を発動し、杉原は最終的に1939年9月にソ連隣国のリトアニアに赴任し,ソ連の情報を集めることなった。まさに第二次世界大戦がはじまった月である。彼は亡命ポーランド人ネットワークや反共ネットワークを使い情報を集め、独ソ開戦が近いことを本国に送信するものの、日本政府にそれを読み取る力はなかった。
 とうとうソ連がリトアニアに侵攻しようとする際になり、ユダヤ人たちが領事館に押し掛けることになる。どのように彼がビザを発給したのかはぜひ読んでもらいたい。国の官僚・「外交官」としての体裁を整えながらビザを出し続けた。リトアニアを後にした彼を外務省が冷遇したという話があるが、実際にはそんなことはなく、ルーマニアでヨーロッパの情報を収集していたものの、1945年にソ連がルーマニアに侵攻し,杉原一家は捕虜収容所に収容されてしまう。
 1947年に帰国できたものの、占領下で外国での外交ができなかった外務省は彼を退職させる。当時、外交官の3分の1はリストラされ、特に帰国が遅れれば遅れるほど不利になったと著者は語る。46歳で無職になった千畝は苦労して家族を支えるのだが、ここでどうしても疑問が生じてしまう。
 敗戦前、杉村をソ連通でかつタフネゴシエーターとして高く買っていた上司たちも多かった。日ソ間が冷え込んでいるとはいえ、その後のシベリア抑留者の返還交渉や国交正常化など大きな問題が山のようにあったはずなのに、なぜ、外務省だけでなく民間団体も彼を起用しなかったのか。この点については述べられていない。この点について、改めて調べていきたい。そして、もう一つ、満洲時代、最初に結婚したのがクラウディアという白系ロシア人であったものの、スパイの疑いをかけられ、最終的に別れたこと。彼女のその後はどうなったのだろうか。この点も気になる。
 いくつかの疑問はあるものの、非常にわかりやすく書かれているのは間違いない。外務省という大規模な組織の一人=歯車として前半生を生きた杉原千畝の生き様を知ることができる。







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