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評者◆殿島三紀
若きプラトンたちは対話する――監督 ナーサ・ニ・キアナン、デクラン・マッグラ『ぼくたちの哲学教室』
No.3592 ・ 2023年05月27日




■『子どもの瞳をみつめて』『帰れない山』『ハマのドン』などを観た。
 『子どもの瞳をみつめて』は40年以上フィリピンに在住する瓜生敏彦とその右腕として演出・撮影・編集に携わってきた撮影監督ビクター・タガロとの共同初監督作品。第2のスモーキーマウンテン・バヤタス地区で厳しい児童労働に従事する少年やダイオキシンの影響で水頭症になった子どもたちに密着して穏やかで祈るような視線でその生活を描き出した。ナレーションはない。声を荒げることもなく、静かに訴えかけてくるドキュメンタリー作品。
 『帰れない山』。世界39言語に訳されたイタリアの作家パオロ・コニェッティのベストセラーが映画化された。ベルギーのフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲンと脚本家シャルロッテ・ファンデルメールシュが共同監督・脚本を手がけている。北イタリアの山村で夏の休暇を過ごす都会育ちの少年と同い年の牛飼いの少年との友情物語と思わせつつ、舞台はアルプスからヒマラヤへ、時代は彼らの青年時代へ、と展開する。壮大な背景にふさわしい感動的な人間ドラマである。
 『ハマのドン』。松原文枝監督。本作はカジノ誘致問題で揺れた2021年の横浜市長選挙でカジノ反対派の急先鋒に立ったハマのドンこと藤木幸夫を追ったドキュメンタリー。テレビ朝日が製作した2022年2月放送の番組の劇場版だ。横浜を選挙区とする菅元総理ともつながる91歳の裏の権力者・藤木が時の権力にも自民党幹部にも背を向け、政権中枢に対して全面対決の姿勢を示した。市民と共に闘う姿とその信念を記録した作品。と同時にハマの風雲児の意外な素顔も垣間見ることができる。
 さて、今月の一推し新作映画は『ぼくたちの哲学教室』。北アイルランド、ベルファストの男子小学校で行われている哲学の授業を2年間にわたって記録したドキュメンタリーだ。監督はナーサ・ニ・キアナンとデクラン・マッグラ。「小学生が哲学?」と思うが、2010年には『ちいさな哲学者たち』というフランスの幼稚園児の哲学教室を記録した映画もあった。言葉もおぼつかない幼稚園児が一生懸命考えて、表現する姿に感動させられたが、今回登場する小学生の背景はフランスの幼稚園児よりは複雑かもしれない。
 「哲学」を主要科目としているホーリークロス男子小学校は50年以上前の北アイルランド紛争の傷跡が未だに残る労働者街にあるカトリック系の小学校。ケネス・ブラナー監督の自伝的作品『ベルファスト』はまさに彼が小学生だったときに目の当たりにした紛争を描いたものだったが、当時の記憶は未だこの地域に亡霊のように潜んでいる。のみならず共和国独立派と北アイルランドとブリテンとの連合維持派の政治的対立により発展が遅れ、青年や少年の自殺率も高い地域だ。あれから半世紀以上を経ても自分と意見の違うものは問答無用と切り捨てていた時代の在りようが澱のように沈殿しているのだ。
 ケヴィン・マカリーヴィーはこの小学校のコワモテ名物校長。若い頃はその拳で自分や家族を守ってきた。強い男であることがこの街で生き抜く唯一の方法だったからだが、いまはそのことに自責の念を抱いている。彼は生徒たちに人生において何が起きても対処できるよう感情をコントロールする力を身につけることを求める。未来について議論させ、相手が誰であってもすべてを疑い、自分なりの答えを導き出すように促す。この哲学教室の根幹にあるのはどんな意見でもはっきり述べて暴力沙汰にはさせないという姿勢だ。ユーモアと愛情に溢れた微笑ましくも厳粛な子どもたちと校長との対話が沁みる。子どもも日々真剣に生きているし、大人は年長者としてなすべき責任を果たす。こんな授業が世界中で行われたらいいのに。
(フリーライター)







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