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評者◆凪一木
その191 地下世界の#MeToo
No.3592 ・ 2023年05月27日




■一人泊まりから二人泊まりとなって、これまでより仮眠時間が一・五時間減った。とはいえ、実際に仕事自体は派生していないので、控えめに一時間の残業を請求した。これに関しては、もう一人の同僚が同じように一時間請求した。漫画狂で文科系の鑑のような、ビル管という職種を有効利用する仕事はのんびり派の権利は主張派だ。元々はもう一人の(テント持参で旅行する)自転車男と計三人で回していて、有休のときは、本社や他現場から代理の人間がやってくる。ただ、自転車男は、そんなこと(一時間残業)をしたら、上(会社)から文句を言われるので、自分はやらないと静観する。
 ところが翌月のことだ。私の残業請求について、「上のT部長の許可を得たのか」と自転車男が訊いてくる。今から、本社に電話して確かめてみるという。面倒くさいことになった。
 実際には、自転車男もいたときに、T部長が時間案を示してきた。その提案自体がマイナス一・五時間だった。「時間調整は泊まりの二人の間で決めてくれ」と帰っていった。私やアニメ狂は、当然の権利と理解したのに対し、自転車男は「Tのお墨付きがなくては怖くて請求などできない」という考え方だった。三人のうち一人だけ請求せず、翌月になって、他の二人の経緯を利用して自分も乗じようという腹積もりなのだ。
 ただ、しっくり来ないのは、こういうやり方では、本来、問い合わせる必要など無い正当な残業代請求が、「お墨付きを得ていない」、「許可なしに無断で請求をしている」という捉えられ方になりかねない。正当な要求の私と漫画狂の二人まで、会社から「引っ繰り返される道具」に利用されかねないのだ。
 私は権利というものは弱い側にとってこそ利用するものだと思っている。強い側、使う側に利用させてはいけない。しかし弱いくせに、利用しない、言い出さない人がいる。これは何か。これまでの生き方の習性か。言い出すことに恐怖や不安を感じるのか。
 北朝鮮の軍事パレードを見て、格好良く思うかダサいと思うか。人にやらされているから、褒賞を独占する一部の連中の利益のために暴力的にやらされているからこそダサい。では、今の日本で、会社や学校の下らないブラック校則や社内ルールに従順に守らされてはいないか。贔屓政党に投票させられたり、その業界の常識だと言われて、おかしなことをさせられてはいないか。請求しなければ、パレードの行進でしかない。脚本家の師弟が男女の場合、性接待に近い密室の打ち合わせなどは、軍事パレード並みにダサくはないか。
 映画界の性暴力は、俳優から始まり、現場スタッフ、シナリオ作家の場所にまで根を下ろしていることに気づく。芸能やスポーツは特別変な人たちが好きでやっていて、特訓だシゴキだと、われわれ一般人には関係なく、楽しませて貰えばよい。という考え方の人はいる。そういった部外者、傍観者の人たちは、会社内でも「運動の人たち」とは別に存在していて、巻き込もうとしても、なかなか乗ってこない。だから手の内を、心を見せていくしかない。具体的な当事者としての言葉が必要だ。
 たとえどんな小さな一歩でも変えていくことが大切、という主張に対して、「巻き込むな」「参加したくない者もいる」という者は、せめて黙っていろ。行動する者の足を引っ張るな。立ち上がろうとする者の心を折るな。
 ボクシングで手数だけは出すものの、KO勝ちは目指さずに、ひたすらガードを固めて引き分けか、せいぜいギリギリの判定に持ち込むかという闘いをする選手がいる。しかし私は、自身の体験や出自を明示することが手数を上回る一打だと考えて書いている。
 会社に入ってわかったことは、たとえそれほど実害がなくとも、不正を発見し、不当な話を聞いても、それ以上は問わない。日本人の意識は、自分に火の粉が飛んでこなければ敢えては動かない。何もしない。他人事。可哀想と思うだけで、自らは何もしない。そこにつけ込んで、良しとされ了解をえたかのように、悪事をはたらく者はより増長し、ヤリタイ放題となる。
 NHK世界のドキュメンタリー「性犯罪のない世界へ」(二〇二〇、米)を見る。
 テレビドラマ「フレンズ」ライターズルーム勤務のアシスタント女性が、セクハラを蔓延させるスタッフを訴えた。弁護団は「何でも言える環境が創作活動に必要」と主張し、女性は契約解除のまま軍隊へと職歴を変えた。
 活動家のキャロライン・ヘルドマンは述べる。「映画プロデューサーやミュージシャン、コメディアンを第一線から退けるのを大きな損失だという人もいます。だけど女性たちが追い出されたせいで、形に出来なかった芸術がどれだけあったでしょうか」。
 「何でも言える環境」は、才能のある性暴力人間を擁護するばかりか、性や恋愛に臆病な男の擁護にまで使われる。「人間関係に無関心な人、恋愛に積極的でない人にまで、ビクビクと構えさせ、ギコチなくなくするという作用は、かえって弊害だ」という理屈だ。
 これは詭弁だ。男の優位な現状温存のオマジナイだ。ギャンブルで、もともと有り金の違う同士の掛率は、同じなら、回数を増やすほど、少ない方は必ず負ける。現状があまりに有利な側の恋愛を心配するのは、今の話ではない。初めにやるべきことは、有り金を同等に近づけることだ。その上で掛率を同じにすべきだ。
 「はたらく者たちの♯MeToo」を今すぐにでも立ち上げなければ、おそらく負け続け、使う者、雇う者から都合よく扱われ続けるだけだ。この連載が終わると、動きたい。拡散したい。ユニオンに加盟して闘おう。高田渡の『自衛隊に入ろう』ではないが、『ユニオンで』を歌いたい。
 全国に六〇〇〇のビル管理会社がある。ほとんどが会社ぐるみのブラックもしくは、パワハラ塗れの現場であろう。そのうちの三分の一から一人ずつでも集めたい。ハーシェル・ゴードン・ルイスではないけれど、少なくとも「二〇〇〇人の狂人」をオルグしてみせる。三島由紀夫ではないけれど、こう言っておこう。今に分かります。
 労基法での正当な報酬は、上司や社長にお伺いを立てていただく趣旨のものではない。企業向けのルールを、加害者寄りの風潮を、労働者に取り戻す。被害者に揺り戻す。
 まずは請求をする。その上で、会社側の言い分を聞く。
 地下から声を上げる。
(建築物管理)







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