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評者◆越田秀男
幽霊ビルの夜会がバブル崩壊後の日本の停滞を映す(「カプリチオ」)――リラダンの戯曲『アクセル』はゴシック小説仕立てのモノローグ劇(「群系」)
No.3592 ・ 2023年05月27日




■一九九〇年代初頭のバブル崩壊後に行われた派遣法改正(九六年対象業種拡大、九八年ネガティヴリスト化)は、人件費抑制効果抜群で、非正規雇用労働者の割合が九九年二四・九%に対し、二〇年後の二〇一九年には三八・三%(男二二・九%、女五六・〇%)まで増大(総務省労働力調査)。中高年引きこもり、母子世帯の貧困化、熊男の横行を惹起。一方、団塊の世代の後期高齢者突入で、空き家・空きビル問題が一段と深刻化。以下はそんな現象を象徴した作品たち……。
 草原克芳さんの『幽霊ビルの夜の集い』(カプリチオ53号)――鬱症候群の〈わたし〉は定年に至らずリタイア、息子には鹿十され、妻とは辛うじて繋がっている。一方、実家は父母が既に他界、空き家に。住民から“お化け屋敷”と苦情。現地に赴くと、バブル時代、その地の繁栄の象徴であった〈マトリ家具センター〉が廃墟に。中に入ると、各階にはバブル時代の魑魅魍魎たちが今も息づき夜会が催される。妙な安堵感の中で一夜をすごし、実家に戻ると、鬱蒼としていた庭は植木職人の手で処理されたものの、巨大なスズメバチの巣が落下、大騒動になったことを知り、心の均衡が破れる。処理したという巣に目を移すと、《突如、黒光りする古風な大砲の玉のように、みるみる変色して……鈍い光沢の表面から、悪魔のようなクロアシナガスズメバチの幻が、一匹、二匹、五匹、十匹と、ぞろぞろ這い出し、小さな群雲を象った》。
 井川真澄さんの、パチンコ店に聳える『自由の女神』(てくる32号)――母子家庭の〈僕〉と〈妹〉、父の所在は不明。近くに住む父の母が生活を助けていたが、僕が高校一年の夏に亡くなり、母は夜の居酒屋から深夜のパブに転じ、やがて家にも寄りつかなくなってしまった。僕は僕と妹の自活のためパチンコ店に就職。すると妹は高校進学を拒否、自活すると言い出す。作品はパチンコ店に勤める男たち女たちの人生模様や、危なっかしい妹をフォローする僕、などが描かれる。最後は《妹のごたごたはこれからもあると思った。そのごたごたを俺はどこかで嬉しがっている》で結ばれる。主人公は“自由の男神”となった! 
 渡邊久美子さんの『秘密基地』(あらら14号)は熊男を成敗――〈誠〉の母親は裕福な家で我儘に育ち、最初の結婚で誠が生まれるとすぐに離婚。男に慰謝料をタンマリ持っていかれた。その後は男を取っ替え引っ替え。居場所を失った誠は、草ボウボウの土手の斜面にチョット窪んでひとりぼっちに格好な秘密基地を見つけた。しかし冬が来て古本屋が時間つぶしの場所に。ある日お目当ての本が無く、かつての基地へ。窪地は深い空洞となり底の方に水たまりが。川の水が入ってきている? 渋々家路へ。すると、母の悲鳴、熊男の烈しい暴力。誠が熊男に突撃、跳ね返され、逃げる、追ってくる、逃げる、追う……もはやこれまで、と、熊男が消えた! 深い穴の底に熊男の頭が……。
 芥川龍之介は牛乳で育ったことの負い目が思春期を支配した。川端康成は母の不在が一生涯を支配した。千矢彩乃さんの『名前はカシスちゃんに決めました』(R&W33号)は――〈私〉の母は小学校のころ自殺したらしく施設で育った。だから母という土台を欠いている。その穴埋めに“おっパブ”に客として入ったりしたことも。男とは女よりもマシだが、果ててしまえば終わり。しかし〈彼〉だけは違う。少なくとも、二人で居る間だけはキチンと“愛”を満たしてくれる。名案が。子を作ろう。永続的な愛の獲得。子の名前は? 夜カフェで考えた、カカオ? モカ? カシス!――《子供には彼をパパとは》呼ばせない《だって、彼は私だけのママなのだから》。
 堀辰雄『風景』はルソー、野間宏『暗い絵』はブリューゲル、上村信広さんの『ロスコの部屋』(九州文學通巻581号)は――物語の舞台はジャズバー、店の飾りはマーク・ロスコのレプリカだけ――《カンバスを二色に塗り分け……上三分の二は赤く、下三分の一が濃紺の壁のようで、周囲は黒く塗り潰されて》。冒頭のロスコの言葉「死に対する明瞭な関心が無ければならない。命には限りがあると身近に感じること」と、ヘレン・メリルのため息が物語を誘導する。
 文芸作品の構造解析において超能力を持つ柴野毅実さん、今回取り上げたのはヴィリエ・ド・リラダンの戯曲『アクセル』(群系49号)。この作品は最終章で「生きること? そんなことは召使いどもに任せておけ」という主人公の台詞が有名とか。作品はゴシック小説仕立て(前出の草原さんの小説――廃墟、閉所で起こる怪奇ドラマ、ドラキュラ)。柴野さんはその頂点に立つポオの『アッシャー家の崩壊』が、リラダンに大きな影響を与えたと指摘――《『アクセル』全編を支配しているのは“人生は生きるに値するか?”という形而上学に他ならない》、登場人物各々との対決は《精神内部における自分自身との対決》、すなわちモノローグである、とした。
 竹中忍さんは、昨年翻訳本が刊行されたアンドレイ・プラトーノフの『チェヴェングール』を紹介(北斗696号)。物語は、表題の地で共産主義の理想郷をつくろうと奮闘する主人公が現実との乖離に陥り、最後に町がコザックの襲撃を受けて灰燼に化すと《男は生きる恥の感覚に包まれながら父が死んだ湖にその身を沈める》。プラトーノフは《曇りのない目を持つがゆえに真実が見え、誠実ゆえに書かざるを得ない》、それにくらべ《わが国の作家や知識人が大人しいのは子供時分からの礼儀正しい教育のおかげか……抵抗の声は耳を澄ませても聞こえない》。
 劉燕子さんは、中国亡命作家・廖亦武の『屠城――A City of Massacres』を編訳・解説(季刊イリプス通巻58号)。二〇一九年の香港「逃亡犯条例」改正案反対デモの詩――《今日、一発の銃弾が一人の女の子の目を撃った。/明日、もう一発の銃弾が一人の男の子の頭を打つだろう。明後日、香港は失明する。かつての東洋の真珠は失明する。……》(香港六四悲歌)。劉さんの解説――《廖は政治に志など抱かない非政治的な作家である。ところが実際に政治的な苦難に直面すると怯まず、それまで侃々諤々と民主や自由について議論していた知識人が引きこもってしまうのとは対照的にかれは行動する》。
(「風の森」同人)







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