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評者◆稲賀繁美
「反時代的考察」Unzeitgemaβe Betrachtungenとしての「虚構」の政策提言にむけて――サイバー戦争悪化とmetavers増殖も顕著な、二〇二二年度年度末を迎えての役立たずな妄言
No.3590 ・ 2023年05月06日




◆個人情報保護法は、立法主旨とは異なる運用や不適切な社会慣習を誘発した。個人の権利保護を謳う建前に反して、日常必要な連絡情報網を寸断し、社会生活に不利益をすら齎している。社会分析に必要な基礎データが市民から隠蔽される一方、電子情報網が水面下で悪用される。その現実を見据えた現行法の見直しが急務であり、これにはデジタル庁を含めた複数の省庁の協働、有識者の意見を汲んだ政策的介入が必要かと思われる。随伴して、電子機器の扱いに不如意な高齢者や障碍者への配慮を欠いた制度刷新が行政の現場で頻発し、法律相互の整合性にも疑義が問われる。
◆視聴覚障害のある就学者への配慮が努力目標ではなく、法律的な要件へと変更された。だが、法律制定だけで、社会を改善することは無理だろう。かえって現場の負担が野放図に増大し、罰則規定に耐えられない業務担当者が、負担過剰から職場放棄に至り、陰湿なイジメや虐待の内攻を助長する。その危機的兆候は、教育や養護の現場で露呈している。教職員の離職や休職の急増、養護施設、入管施設で頻発する収容者への加害行為などの現実である。
◆信頼性の低いサイト情報が氾濫し、それに過信し不利益を被る人々が増えている。とりわけ日本で教育を受けた国民には、情報を賢明に選別するという主体意識が比較的に弱く、同調圧力による付和雷同の傾向が強い。主体的な意思決定手段としての情報入手ではなく、手早く出来あいの正解を求める傾向が顕著だが、これは長らく思考過程を軽視してきた本邦の大学入試を始めとした諸制度の根幹に根ざす。情報機器の活用を推進する教育界、さらには高等教育・大学教育の現場でも、その克服に苦慮している。
◆think globally, act locallyの無碍な推奨は危険である。世界に普遍的に通用する理念が、地域に裨益するとは限らず、global standardの押し付けが、かえって地域文化の抑圧や変質を助長する。UNESCOの世界文化遺産認定などでも、この問題が顕在化している。またbig dataを用いた統計による国際順位認定などでは、地域の特性は捨象され、抽象的な数字が独り歩きする恐れが大きく、それが世論調査や政策決定においても、恣意的な選択を担保する「エビデンス」を提供する、といった悪しき結果を招いている。むしろ地域に密着して考え抜き、その経験を世界に伝達する努力が必要だろう。近年隆盛のon lineでのcloud fundingもその一例だが、Think locally, talk globallyの併用も必要ではないか。とはいえこうした英文命令形は、巧みな巧言令色に彩られ、悪くすると特殊詐欺に類する行為を誘発する懸念も払拭できまい。
◆SDGsの標語を国際基準として、それに安易に追従する行政と、それが命令規範と化す社会環境にも、警戒が必要だろう。MDGsを後継したこの標語には、「先進国」の政治的正しさ演出の偽善性が孕まれ、アジア・アフリカの新興国、新植民地主義や地域紛争の犠牲となっている人々の現状を無視した標語との批判もある。そもそもSustainableな地球環境を人類がDevelopさせるという理念そのものに、ヒトの傲慢さが反映しており、Goalsという到達目標を静態的に設置して国際競争を煽る発想の裡にも、優生学的進歩史観の残滓がある。むしろSustained Disposable Garbage Systemsの模索こそが必要ではないか?
◆これは、決して新たな発想でも冗談でもない。1970年の「進歩と調和」を謳った大阪万国博覧会の折に、梅棹忠夫が提唱した「地球=水洗便所説」をSDGSと語呂合わせしたにすぎない。半世紀前の当時はまだ水洗便所が一般家庭には普及していなかった。そのため梅棹の構想は時期尚早で実現には至らなかった。だが、2025年の次期大阪万国博においてこそ、「人新世」Anthropoceneの地質年代を踏まえて、梅棹の着想が政策提言されてしかるべきだろう――まだ手遅れでないかぎり、との保留を付けたうえで。
◆コロナ禍への対応も、根本的な問題を含んでいる。依然として、自然の猛威を人類の技術革新により制圧するという発想が継続されている。だがこのパラダイムの破綻を告げているのが、ウイルス変異という半生命現象だからだ。実際、COVID‐19の蔓延は、仮想現実の世界で跳梁跋扈しているComputer Virus汚染の危険を人類に忠告している。Pandemic続発に最適な地球環境を準備したのは、ほかならぬ人新世なのだから。この原点に頬被りしたままの弥縫策的な「マスク」対応は、結局は短命な指標化石となる運命の人類滅亡を早めることに貢献している。現在の国際環境や社会制度は、無自覚のまま宇宙船地球号を破滅へと牽引している。筒井康隆『虚航船団』(1984)が、いまや不穏なまでの預言性を獲得している。

*国際高等研究所・研究企画推進会議(2023年3月1日)席上での発言要旨を補完した。筆者も招致された内田樹・ウスビ・サコ『君たちのための自由論』(中公新書ラクレ、2023)、筆者編著『蜘蛛の巣上の無明:インターネット時代の身心知の刷新にむけて』(花鳥社、2023)もご参照いただければ幸甚である。







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