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評者◆凪一木
その189 恥ずかしいライバル
No.3590 ・ 2023年05月06日




■現場に新人が入ってきた。ちばあきおの漫画『キャプテン』に出て来る近藤みたいな男だ。近藤とは、身体がデカくて剛速球を投げるが、凡ミスを繰り返し、大雑把でかつ非常識、無神経で、通常のルールさえ理解できず、すぐに不貞腐れる気分屋の単細胞男だ。それに加え、ウソもつくから、設備の近藤は、漫画と違って、キャプテンにはなれない。いわば球の遅い近藤だ。
 それでもビル管に共通するノマド人種なのか、前に紹介した連中、たとえば自動車で日本一周男、自転車で沖縄まで男、また毎年のインド放浪といった人々同様に、バイクで日本一周を果たした男だ。一三〇〇CCのドゥカティというドイツのバイクで三八〇万円したという。一六歳で最初のバイク免許を取り、高校卒業後は、同じ札幌市の白石区で、三〇人ぐらい寝泊まりするドヤ住まいの建設現場で働き始める。この状況からも、だいたいその後の道筋の想像がつく。高校はどこなのかを訊いても、答えない。教えたくないような高校なのか? とさらに尋ねると、そうだという。暴走族や野球の甲子園常連校で有名なツッパリのヤンチャ名門校なのか。当時の札幌で言うと、北海、サッショウ(札幌商)、ドンコウ(北海道工)、サッコウ(札幌工)、キンコウ(琴似工)などがそれだ。だが違う。何しろ、同じ時期に私も札幌に住んでいたから、あれこれと話をする。ところが無知だ。ススキノ入口のど真ん中にあった松坂屋(のちロビンソンからススキノラフィラ)も知らなければ、北海道開拓一〇〇年記念塔の存在も知らない。映画館も書店も知らない。要は無関心で世間知らずともいうが覚える能力もない。あまり書き過ぎると、私がライバル視しているような印象なので、この辺で控える。以下、球の遅い近藤との会話を再録する。
 「今、相撲は八割以上が外国人だから八百長ばかりだよね。天皇も怒って見に来なくなったみたいね」(オイオイ、新聞の番付表見たら分かるだろうよ)。幕内だけを見ると確かに多いが、二〇二三年一月場所で、四二人中一〇人で二割三部八厘だ。何が八割だよ。二〇二一年一月の記録で、六七六名の全力士中外国出身力士は計二六名。三・八%だ。一割もいない。
 「北海道の水って、雪解けの水をそのまま使ってるから飲めるけど、東京はウンコやおしっこの中に塩素ぶっ込んてるだけから飲めないよね」「外人って、あまり人の多いところに行きたがらないみたいね。だから、東京嫌いみたい」「イチローも相当稼いだから一生暮らせるね」「礼文島の向こうの島で三人しか住んでいない島あるみたいね」(電力はどうしてるんだよ。一応訊いてみる)、「そこまで分かんないけど、なんか、昆布取って暮らしてるみたいよ」「プーチンが病気なら誰か暗殺してもいいよね」「二〇〇℃の油に手を付けて温度のわかる人いるんだって」「自動車学校って今、三食無料なんだって。デザートも食べ放題」「河川敷に棲んでる人、最近あちこちにいるんだって。電線とかアルミ缶集めて生活してるみたいね」「WBCってチケット三〇万円で最低一〇万円だって」「日本の警察は人殺しても罪に問われないからやりたい放題だよね」「ルフィだか何だか捕まって、あいつらも一躍有名人だね」
 この小学生みたいな会話、いや一人語りが続く。脳の病気かというと、そうなのもしれないが、そういう認識はされていない。「キャプテンの近藤」以外に例えるなら、「不愉快な長谷川雅紀(錦鯉)」「更につまらないウド鈴木(キャイ~ン)」といったところか。
 近藤の高校時代はクラスじゅうが喫煙し、何人か学校離脱というから想像はつく。卒業後は、同じ白石区の前述のタコ部屋(下請け建設会社)で働く。食事代一食三〇〇円ピン跳ねされたという。同じ地域で通わずに実家を出たのだから、家族と暮らしたくない事情があったのだろう。お金を貯め二三歳で上京。北区王子で家賃二万風呂無しトイレ共同のアパートに住み、巣鴨の青果市場を見つけ、トラックの荷物チェックなどの仕事に就く。食事代は二〇〇円で三食とも市場で食べた。スルメイカの横流しで逮捕された運転手ほか、伝票の誤魔化しや価格操作のため大量のキャベツ廃棄、ガソリンで白菜を燃やすなどの「社会勉強」をする。原付バイクで通うも練馬に引越し、さらに電気工事会社に転職。月五〇万円以上稼ぐ。二〇〇〇年三七歳で昭和シェル石油に転じ、本社三〇〇〇人の外資系だから給料も良かったという。二〇一九年四月にシェルは出光興産に経営統合される。統合の一年前から出光の社員たちが出向で入ってきていて、あれこれ指示される。お台場フジテレビの横の貝殻マーク二五階建てビルから大手町の出光の顔マークのある読売新聞前の三井不動産のビル三五階建てに移ったという。
 「出光の連中と話なんかしないよ。関係ないもん」
 石油不動産課(全国に持っている不動産の管理)だった近藤は行き場を失う。出光はそういう仕事は他の業者に任せて、自社ではやらない。二〇二〇年に九州支店(福岡)異動を打診される。断ると閑職に追われ、二〇二一年に辞めて、失業保険生活となる。シェル石油のときに辞めておけば良かったという。五〇〇万円ぐらい退職金が多かった。出光の基準に合わされて損をしたらしい。いまだ独身だ。最大の趣味は競馬だ。たったの今も熱狂的に継続している。とはいえ、それだけ競馬狂であるにもかかわらず、ウインズ(場外馬券売り場)は水道橋しか知らない。競馬場は大井専門で、中山(船橋)も東京(府中)も行ったことはない。典型的な田舎者だ。
 次の趣味がパチンコ。本は読まない。パソコンもできない。絵に描いたような設備の長谷川(錦鯉)だ。いや、錦鯉の長谷川は、同じ北海道出身の五三歳で亡くなった怪優山本麟一(東映の五指に入る悪役)に、その自然体での怖い目が似ている。俳優として化けるかも知れないこの時代の寵児だ。設備の長谷川は、これ以上は化けない。いや、長谷川なんて例えは勿体ない。設備の近藤だ。
 私はいったい何をムキになって、いちいち彼の生活や人生を検証しているのだろうか。
 実は私と近藤とは、同じ北海道出身の同い年で、同じ時代に札幌に暮らし、巡り巡って、同じ会社の同じ職場で机を並べて、同じ給料を貰って存在する。身長は一八二センチもあるから、私より一六センチ高い。こらこら、凪よ、競うな、争うな。
 彼と私の違いはあるのか。比べている私は何なのだろうか。
(建築物管理)







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