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評者◆殿島三紀
事実から生まれた恐るべき虚像――監督 アレクサンドル・ソクーロフ『独裁者たちのとき』
No.3589 ・ 2023年04月29日




■今月は『屋根の上のバイオリン弾き物語』『ノートルダム 炎の大聖堂』等を観た。
 『屋根の上のバイオリン弾き物語』。監督はダニエル・レイム。世界的に有名なブロードウェイ・ミュージカルは1971年ノーマン・ジュイソン監督によって映画化され、大ヒットした。このジュイソン監督が名作作成の裏話を楽し気に語るドキュメンタリー映画が本作。ジュイソン監督他主演俳優や3人の娘役の俳優たち、音楽を手掛けた巨匠ジョン・ウィリアムズも登場し、当時を語る。彼らはこの作品に関わった興奮を陽気に語り、まるで同窓会のようだ。70年代の映画人の心意気が伝わってくる。
 『ノートルダム 炎の大聖堂』。2019年4月15日。794年前に建造され、ゴシック建築の最高峰にして世界遺産でもあるノートルダム寺院が燃え上がったことは記憶に新しい。本作はノートルダム大聖堂の火災を軸に消防士たちの命をかけた消火活動を描いたドラマである。ジャン=ジャック・アノー監督作品。彼の許にフランス最高峰の技術者が集結し、大聖堂の大規模なセットを炎上させて撮影し、VFXも融合させ驚くべき迫真性と映像美を見せる。ドラマがドラマを超え、ドキュメンタリー性も具えた作品に仕上がった。
 さて、今月紹介する新作映画は『独裁者たちのとき』。すごい映画だ。監督はアレクサンドル・ソクーロフ。かつて、このような亡霊たちが出演する映画を作ろうと考えた人物がいただろうか。ソクーロフこそ天才を通り越した鬼才、異才、異能の人だ。深い霧が立ち込める廃墟には、十字架から降ろされたイエス・キリストも横たわっているが、なんとヒトラー、スターリン、チャーチル、ムッソリーニの姿がある。彼らが煉獄と思しき廃墟を天国の門をめざして歩いているのだ。天国へ行くつもりなのか? この不思議な映像から喚起される感覚は、きっと19世紀のパリの人々がリュミエール兄弟監督の映画を初めて観たときに感じた驚きに通じるものがあるのではないか。
 着目すべきはこの4人を演じるのがそっくりさんなどではなく本物であること。つまり、過去の膨大なアーカイブ映像を用い、独特なデジタルテクノロジーで彼らの姿をスクリーンに蘇らせているところだ。すべては彼らが存命中に撮影された実際の映像で、気の遠くなるような量のアーカイブ素材のみで作り上げられている。セリフも全て彼らの実際の発言や手記から引用したもの。例えば、ヒトラーがスターリンに「我々二人で世界を分けよう」とささやきかければスターリンが「必要なのはひとつの世界。分けてしまったら意味はない」と返したり、「スターリンのあばた面」と罵るセリフもみな彼らの実際の発言なのだ。こんな言い方が許されるとしたら、ドラマでありながら作りものではない映画かもしれない。
 ジグソーパズルをひとつひとつはめこむように神経をすり減らして作り上げるこれらの作業に要した年月は6年。完成はロシアがウクライナに侵攻した2022年。物議を醸すということで、この年のカンヌ国際映画祭でのお披露目は上映直前に中止になった。ソクーロフの作品はいつも驚きと話題をもたらす。2006年『太陽』の日本での公開時も降伏時の昭和天皇を描いているため、右翼が公開映画館を襲撃するという噂が駆け巡ったりしたものだ。
 この映画のためにアーカイブ資料という冥界から甦ってきた4人は晩餐の席で互いの悪行を嘲笑したり、陶酔に浸ったり。生きているもののように演技をする。4人の幽鬼がさまよい、煉獄に蝟集する人々のかたまりが大きく波打ち、蠢く映像。そして全てを圧倒する音響。これは亡者が演じる歴史映画なのか。まさに映画史にひとつのエポックを打ち立てた作品だ。カンヌ国際映画祭は本作を拒絶すべきではなかった――。
(フリーライター)







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