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評者◆凪一木
その188 官庁の謎2
No.3589 ・ 2023年04月29日




■前回に続いて、官庁の不思議について書く。これを余り続けるとクレームが来そうなので、この辺で筆を置き、連載とともに去りぬ。
 一九七八年から勤務しているカンムリ鷲で口髭の心優しいA省設備の巨匠は、毎日一七時二五分を過ぎると、服を着替える。昼は一一時二五分過ぎに食堂へと出かける。いつも同じそばを食す。タバコは決まって節目の一時間ごとに喫煙所に出かけていく。朝に出社して、机の上で食べるパンもほぼ同じだ。昔はパチンコも競馬も競輪もやっていたが、いつからか趣味は何もなく、何もしない。その生活がビルの官僚たちのスタイルに染まってしまったのだろうか。毎月決まって有休を取るが、取っても家でやることがないという。独り者で部屋にはエアコンもないという。考えてみると、他の官庁のビル管も、長くいる者は、皆似ている。仕事はしない、させない、増やさない。
 その仕事だが、ビルはあちこちボロボロでも、よほどの不具合でもなければ、報告がほとんど来ない。だからやらない。秘書官クラスがたまに来て、何か問題に気付くと、その場しのぎ的なことを(その人間が不在となった居室で僅かな時間を使って)行う。対処療法的なことを「やった」というアリバイ程度で、必ず了承となる。何かの時間稼ぎかとすら思う。蛍光灯も間引きだらけなので、少々の不点灯では彼ら官僚は我慢なのか、照度はビル管法スレスレでもそのまま仕事をしている。設備や環境に無関心だ。
 執務室に行くには厚さ一一センチの二重鉄扉があって、インタホンのほか暗証番号のテンキーやカードリーダもあり、来客が並んでいたりする。蛍光灯の交換ぐらいでは、むしろ来てほしくないのだろう。不点灯が多数溜まったら、呼ばれて五分間くらいで帰ってくる。点かないと、本来は安定期交換や天井裏の配線調査など面倒な作業をするのだが、一本くらいなら、そのままで良いと返される。民間ビルみたいにあれこれ言ってこない。ある庁舎で空気環境測定の記録に不足月がある。我が社のキツネ部長は「勘弁してもらうからいいよ」と意に介さない。ボイラーの実物が、メーカーの型番と違うなど、驚くものまで存在している。予算と仕様書さえ合えばいい。
 警備(守衛も含め)は警備で、山のように人数がいて、見た目の多さで圧倒しているかのようだ。ある省のあるビルでは、五~六人いるのに、電話が鳴っても一分くらい放置される。誰も出たがらない。警報が目の前で鳴っていても、自分の担当ではないからと、そのままストップボタンを押さずに鳴動放題の男もいるらしい。
 A省に話を戻すと、冷温水発生機との併用ではなくヒートポンプチラーのみ運転で乗り切ろうとする。エネルギー効率が良いからと指示される。電気はむしろ多く使用し料金は増す。管球のLEDへの交換は(実験的にほんの一箇所以外)行われていない。予算が下りないので数年後のことになる。そのLEDの提案自体が、省エネルギー対策のためであり、他に提案材料が思い付かないということだ。かつて、東京スカイツリーの設備総合管理(東武ビルマネジメント)を取材したことがある。LED照明が三~四年間保つと言われる中で、ちょうど三年半目の取材時に、ほとんど不点灯がないとのことであった。
 厚さ一一センチの二重鉄扉と風除室空間は、情報通信課通信区画保全班の管轄で、携帯電話を持って入ることはできず、専用のロッカーに預ける。単に空調の音がうるさいからと確かめに行ったり、蛍光灯の交換に行くだけでも一連の儀式のごとく毎回セキュリティチェックというわけだ。
 しかし、かつての病院勤務時代よりはましだ。その病院には特殊な細菌や植物の球根などの保管場所があった。そこに入るには、綿の靴下に至るまで全身を着替え、ビニール頭巾を被り、途中にSF映画に出て来るような空間で洗浄されてから奥の部屋に入っていく。あれに比べれば、それほど面倒ではない。それでも「なんだかなぁ~」という気持ちに毎度毎度なる。以前その病院で、世界に二つしかない珍しい(何とは言えないが)珍種のうちの一つをダメにしたビルメンがいた。開けてはいけない冷蔵庫を、深夜に警報(温度制限異常感知)の鳴る中で、別会社の警備員から急かされる中、焦って開けてしまった。その設備員の所属会社は本体が警備で、その面子もあり多額の弁償をしたという。
 お役所仕事といえば、お役所対お役所の妙な取り合わせで不経済なやり取りをしたことがある。相手は「東京都健康安全研究センター広域監視部建築物監視指導課ビル衛生検査担当第一班」のIさんだ。こちらもまた大臣官房会計課管理室営繕班電気室凪一木という長い名称になるのだが、年に一度の飲料水貯水槽等維持管理状況報告書の作成だ。点検している高置水槽などについての報告書は提出した。しかし、それでは不備で、中央式給湯設備についてももう一枚送ってくれという。FAXでも良いという。これほどのセキュリティのA省の電気室にFAXなど無い。パソコンもなく、手書きのノートが日報で、Wi‐Fiも通じない。だが、その不備の内容が分からない。私が不在だったので、出勤日に電話で問い合わせると、今度はIさんしか分かる人がおらず、他の人が何度か電話に出るも、Iさん不在で夜に連絡がつく。そうしたら、なんと「点検していない」点検項目に斜線を引いて、まったく同じ紙をもう一枚くれという。しかし、高置水槽の紙に「中央式給湯設備」欄があり、「有り」に〇をし、既に送付済みだ。だが斜線を引いた同じ紙をもう一枚という。お役所同士のよくあるやり取りだが、長い宛先の住所を、こちらも長いが返信封筒にも両方を書く。もちろん手書きだ。アナログだ。
 トイレの洗面の水も節水のため、出がチョロチョロだ。そして館内が夏は暑くて冬は寒い。なにしろ夏などはビル管法で定められたギリギリの温度設定にしている。ありえない。
 ビル管法では、空気調和設備において、温度瞬間値の基準値が一七度以上二八度以下と定められている。多くのビルの執務室空調は、夏二三~二六度で冬は二四~二七度という設定だ。私のいるA省庁舎では夏二八度、冬二二度である。一流の官吏が夏は汗だく、冬は廊下など上着を羽織ってさえ外と変わらない寒さの中をプルプルと小走りに走り去っていく。暖かそうな(実際にかなり暖かい)防寒着を着た我々ビル管理者は、寒そうな官吏たちの姿を横目に見ながら、設定温度二六度の電気室へと帰っていく。正面玄関以外の入口にエントランスホールがない。あちこち外から風が吹きすさぶ。
 日本の中枢が吹きすさんでいる。
(建築物管理)







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