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評者◆ときのき
現代ミステリを気鋭の批評家陣が論じる
現代ミステリとは何か――二〇一〇年代の探偵作家たち
限界研編、蔓葉信博編著
No.3589 ・ 2023年04月29日




■現代ミステリシーンについての評論集だ。
 扱われている作家は、円居挽、森川智喜、深緑野分、青崎有吾、白井智之、井上真偽、陸秋槎、斜線堂有紀、阿津川辰海、今村昌弘の10名。彼らを気鋭のミステリ批評家たちが論じる。タイトルこそ“現代ミステリとは何か”だが、本格ミステリ寄りの作家に明確に偏っているのが特徴だ。
 以下、収録された幾つかの評論について感想を。
 最も面白く読んだのは竹本竜都『謎を分割せよ――「本格推理ゲーム」とSOMI論』だ。本書で唯一、作家ではなくミステリゲームをテーマにしている。本格推理ゲームとは、謎解きがパズルとして本筋から分離することなく、物語の駆動と密接に絡むもののこと。本邦における代表的な作品群(『かまいたちの夜』など)をさらった上で、韓国のインディーズゲームクリエイターSOMIの作品について論じる。
 本格推理ゲームが謎を小さく分割することでゲームに推理の手順を追う楽しみを再現しているという指摘は成程で、紹介されたSOMI作品にも興味が湧いた。
 坂嶋竜『我們の時代――陸秋槎論』は前半部、台湾・中国ミステリシーンと日本の本格ミステリの関係についてまとめられた箇所が勉強になった。
 疑問に感じたのは、後半の栗本薫『ぼくらの時代』から陸秋槎作品への影響について論じたくだりだ。著者と主人公の名前がイコールでありなおかつ性別が異なる、という共通点を軸にするならば(そして陸作品に“女性しか出てこない”ことを重視するなら)、栗本の他の著作(ミステリではないかもしれないが)にもBLの祖のような作品があり、やおい好きの読者について分析した『コミュニケーション不全症候群』という評論もあることに触れないのは不思議だ。陸の世代は百合やBLが往時より一般的なものとして受け入れられているが、栗本の活躍したころは今よりもっと“隠さねばならない”趣味だった筈だ。その分そのようなものを書く自分というものについて検討せざるを得なかっただろうし、葛藤も大きかっただろう。自分と性別の異なる主人公を起用することについても、陸以上に意識的だったのではないだろうか。
 宮本道人『特殊設定ミステリプロトタイピングの可能性――白井智之論』はSFプロトタイピングの手法が特殊設定ミステリを用いても活かせるという主張。SFプロトタイピングとは「未来を考える際にフィクション作成を土台にする手法」であり、「様々な企業が事業開発や新人研修などに取り入れるようになった」という。
 何故ミステリなのか。従来のSFプロトタイピングでは扱いづらかった「ダークな事柄を正面から描いていても「ミステリ」といってしまえば問題なく通過することもある」。まずここに引っかかった。ミステリを世間からの批判を避けるためのツールとして使おうとしているのだろうか。
 特に気になったのは、吉野家の常務取締役が講演中に口にした失言で炎上した件に触れ、「内部では過激なアイデアを出しつつも、外部発信の際には「日常の謎」のようなジャンルに落とし込んでゆく」ことで炎上リスクを避けるよう提案している個所だ。あの一件ではそもそも企業内部で「生娘をシャブ漬け戦略」などという発言がよしとされていたこと自体が批判されていた筈だが、ここでは企業体質やモラルの問題に触れることは回避したまま、世間に受け入れやすいよう表現をマイルドにするための手法として「日常の謎」ミステリ(つまり北村薫のような!)を採用してはといっているようだ。
 ミステリの利用の仕方に疑問を持った。加えて、SFではなくあえて特殊設定ミステリにする必然性、わけてもアンモラルな描写の多い白井作品である必要性、ともに説得力が乏しかった。
 詩舞澤沙衣『作家だって一生推してろ――斜線堂有紀論』は斜線堂の多彩な活動を概観しながら、作家もアイドルのように推されることで活躍できると語る斜線堂のセルフプロデュース戦略について論じる。
 斜線堂有紀の活動範囲の広さがわかり、参考になった。だが、全てを「オタク的」というキーワードでまとめてしまうのはさすがに極端ではないだろうか。例えば「Twitter」を「オタク的手段」と呼ぶのは現在の利用者層のひろがりを考えると首肯しにくい。いささか前のめり気味に、斜線堂を過度にオタクキャラとして描こうとしているように見える点が気になった。
 本文中では短く触れられているだけだったが、『幻想と怪奇12  イギリス女性作家怪談集』に斜線堂が寄稿した「二百年後のメアリー・シェリー」は女性作家として彼女が受けたハラスメント被害についての真面目な告発で、とても読み応えがある。同時にこれは、彼女が女性であるから、というだけではなく、「オタク作家」的な軽いキャラ付けが、ある層にとっては、絡みやすく無遠慮に気やすい言葉を発しても構わない相手として認識する免罪符になっていたために起きたことではとも思える。それは斜線堂自身が望んだ状況ではないのではないだろうか。
 といった調子で、ミステリファンならば、収められた評論それぞれについて何かしらいいたいことが出てくるのではないか。
 本書はミステリ読者をさまざまに刺激してくれる。ミステリを巡る議論が活発化するのは、編者の意図するところでもあるだろう。
 ミステリ論壇でどのような話題が流行っているのか、最先端の評論に触れ、読みながら抱いた疑問から新しい議論が発生していく契機にもなる。評論の対象とされた作家のファンや、現代ミステリに興味がある人であれば、一読の価値がある。







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