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評者◆志村有弘
福田純二の藤原定家の子孫を描く歴史小説(「mon」)――戦慄・恐怖を感じる草原克芳の現代小説(「カプリチオ」)
No.3589 ・ 2023年04月29日




■福田純二の歴史小説「一門の葛」(mon第20号)から紹介したい。藤原定家の子孫・為右は歌道師範の家に生まれ、物心がついたころから和歌の修行を強いられてきたが、前九年・後三年の役や源平の合戦に興味を抱いており、最も影響を受けたのは、後醍醐帝の皇子尊良親王を奉じて戦死した祖父の為冬であった。為右は糺の森で琵琶の音色を聞き、その弾き手の女人(伊勢邸に住む。石清水八幡宮検校通清息女・紀良子)に心惹かれ、良子のもとに歌道指南の名目で通うようになった。だが、良子は足利将軍義詮の子を宿し、手の届かぬ所に行ってしまう。作者は作品の最後で為右に「定家が起こした歌道の家を断絶させてしまったのは、ほかならない私だ。一門の天才と愚才。その辿るべき道は、似たような経緯を経つつ真逆であった」と語らせる。定家一門や紀氏のことなど丹念に調べている。力作である。
 宮崎晃二の「仙七」(燈創刊号)も歴史小説。仙七は明治二十年、新潟県の栃尾村(長岡市)に高野トラ(嘉永二年生まれ)とその婿養子傳八の子として生まれた。仙七は海軍に入り、富山で宮本せいと恋愛結婚し、後に警察署の巡査となる。日露戦争、第一次世界大戦、関東大震災、第二次世界大戦、そして敗戦。こうした流れの中で、仙七は先妻と四人の子を病死させるなど、様々な苦難を経て、昭和四十二年に他界する。作者は「あとがき」で「新潟の山間の村に生まれ、水兵、警察官、開拓農民として激動の八十年を生きた男の一生」を書いたと述べる。
 現代小説では、草原克芳の中篇「幽霊ビルの夜の集い」(カプリチオ第53号)が、読ませる作品。「外の世界に」「自分の居場所がなくなった者たちの神聖なる保護区域」という不気味な表現があり、四方木清一という謎めいた管理人の登場も作品を盛り上げる。主人公の轡田は美大志望であったが、父の反対で私大の商学部を卒業し、販売促進という「性に合わない仕事をやむなく」し、ストレスから何度か「消化器の癌」を患ったという。最後に示されるスズメバチの描写で「次第に血の気がひいて行くような冷たい戦慄を感じ」たという文に、読者も同じく「戦慄」を感じるのは、作者の表現が的確であるからだ。作者の優れた描写、語彙の豊富さに感嘆。
 波佐間義之の「霧の彼方へ消えたひと」(絵合せ第4号)は、作者の同人雑誌編集時の体験を小説化したもの。女性から同人になりたいという問い合わせがあり、送られてきた作品にアドバイスをし、掲載した。その女性は合評会にも出てきたけれど、電話で「退会する」と伝えてきた。そのあと、「退会しなくていいようになった」(ハガキ)・「活動できなくなった」(ハガキ)というやりとりがあり、「わたし」はその人に電話をしてみたけれど通じず、最後に届いた差出人のないハガキに記されていた「お世話になりました。さようなら」という達筆な字句が後頭部に「印字されたように残っ」た、と記す。作者はその女性について、癌を宣告されて山中で首吊り自殺、夜逃げ、一家心中などと推測しているが、まさに「霧の彼方へ消えたひと」で、このやりとりは一体何であったのか、という思いが残ったのであろう。作者の技量であろうか、一種、怪談めいた話に感じられ、心惹かれた。
 木島丈雄の「青葉寮の一四六〇日」(季刊午前第61号)は、語り手の達也が東京の大学に入り、学生寮での友人付き合いなど、随所にユーモアを示しながらストーリーを展開。看護大学の女子学生裕子の時折語る皮肉も痛快だ。学園祭に来たとき、「高校の文化祭みたい。お行儀良すぎない?(中略)大学生のまねごとをやってる、みたいな」と言う。達也が「現実的にはみんなお先真っ暗なんだよ」と言うと、「それなら、もっと真剣に苦悶すればいいんだわ」と返す。学生運動の人たちが登場し、ヒッピーみたいな一級先輩の箕浦の姿も面白い。作品の題名も見事。
 随想では、岩谷征捷の「シオマ・トシオとフランツ・カフカ」(花第28号)が、カフカの「城」を視座として、島尾の「快(怪)作『死の棘』もまさに家庭(夫婦)という城の内部(だけ)の小説ではあった。中に、家族で外部の敵と戦うという夢想のシーンがある。しかし『城』も『死の棘』も決して幻想的物語ではない。「完璧な現実」という(倒錯の)リアリズムの小説である。それゆえに人に不安を抱かせ、読み続けるのが苦しくなるのである」と論じる。島尾とカフカ、そこに岩谷自身も加わっている感じがあり、小説として読むこともできる。島尾論では石井洋詩の「島尾敏雄「はまべのうた」に託されたもの――愛と生の証しとしての遺書」(群系第49号)が諸資料を丹念に踏まえた優れた論。「那須の緒」第18号が泉漾太郎の民謡「時の氏神」を掲載し、田代芳寛が、泉の民謡集『こんばんは』上梓の際に執筆した山岡荘八の序文の抜粋を載せている。塩原温泉の和泉屋と長谷川伸との関わりを記すこの記事は文壇側面史の資料として貴重。藤蔭道子の「エポック・干支の酉」(思い草第6号)は、鏡餅の上の橙や富士山の話など、懐かしい日本のふるさとを見る思いがした(なお、「思い草」は三月現在、第8号を発刊)。
 詩では、日野笙子の「船べりの友人」(コールサック第113号)が、美しい詩語で、遠い昔の友に思いを馳せる。麻生直子の「食物誌Ⅲ――兄のカレーライス――」(江さし草第185号)は、江差が舞台。母が入院していたとき、兄が帰ってきて、夕飯のカレーを作ってくれるといい、二人で野菜を刻み、七輪でご飯を炊いたのだが、「小麦粉が多すぎたなあ」と兄が赤面したのを「チラッとみてしまった」という。兄と妹の微笑ましい場面が印象的だ。麻生には、兄と母を詠んだ優れた作品群がある。
 「燈」・「天霧AMAGIRI」が創刊された。同人諸氏のご健筆をお祈りしたい。「海峡派」第156号が赤坂夕、「群系」第49号が青木邦夫・河野基樹・平山三男、「樹林」第688号が高畠寛、「層」第137号が森大造、「北方文学」第86号が米山敏保、「吉村昭研究」第61号が加賀乙彦と大野芳、「歴程」第614号が安水稔和の追悼号(含訃報・追慕号)。ご冥福をお祈りしたい。(文中敬称略)
 (相模女子大学名誉教授)







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