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評者◆凪一木
その186 大停電
No.3587 ・ 2023年04月15日




■ビル管理では、年に一度の大事業のイベントがある。有馬記念か紅白歌合戦の如きだ。「受変電設備年次点検」とか、「自家用電気工作物定期点検」などというが、正確には、今回の作業で言うと、「電気事業法第四二条及び施行規則第五〇条の規定に基づく電気工作物の維持・運用に関する保安のための点検」だ。
 何しろ、この作業のために、民間ビルでは、仮設電源を取り、別ケーブルにして最低必要な分だけを、仮設から引っ張って点灯する。当日は、自家発電機のある病院などは、自家発に切り替えるが、たいていは、別の仮設発電機を用意して、その電気を使用する。
 そのぐらい大仰に構えるので、責任者にとっては負担で、馬鹿な責任者のいる現場の下の者は恐怖だ。必ず怒鳴られ意味のない修羅場を迎える。前の民間ビルの所長は、停電一週間前に失踪した。メンタルをやられたのだ。停電の一か月前から挙動不審で、前年はそのビルを担当していない。たとえば二〇万円でランタンを多数買うなど無意味な注文をし、会社に却下され、辞めた後に他の余計な注文品が届き現在もずっと勤務ボードの下にある。
 コロナ対策仕様の机の仕切り板プラスチックを一〇数枚買い、他にも台車の上に多数の中途書類を放置したままである。逃亡前に奇矯な言動が目立ったが、それも停電作業の圧力によるものだろう。忙しいと言っていながら、まるで意味のないシールをつくり、自分の席の後ろに張って一日を潰す。その頃から同僚の樵さんはこう言っていた。
 「所長は、停電作業に来る気がないよ。絶対に来ない。仮病かなんかでサボるよ」
 その樵さんが、よりによって停電の前日に「弟がコロナで」と休み、結局そのまま辞め、所長も当日に退場した。『仁義なき戦い』の鉄砲玉ぴゅーシーンみたいだ。もちろん所長は、例のサイコパス男「最古」によって心身ともにおかしくされたことが最大の原因だ。細かい攻撃がボディブローのように効いていた。
 私はこの作業を別段嫌いとも思わなかった。皆が忙しそうに走り回るパフォーマンスだけの動きでもって怒声が飛び交い、喧嘩が必ず始まるので、面白いと言えば面白かった。私が怒鳴られても、冷静に対処し、言い返すため平気だった。しかし最古は、むしろ私の存在を嫌がったのか、会社にこう報告した。「凪さんは停電作業の日は出たくないと言っている」。全員出勤が原則なのに、私は数年出勤しなかった。最古からは「凪さん、この日、休んでも良いよ」と言われ休んでいただけだった。だが、同僚や上司や派遣会社から「あいつはおかしい」ということになっていた。まあ、おかしくないとは言わないが。
 さて、民間ビルの場合は、ほとんどすべて、全館停電をするが、外務省や経済産業省など一部の官庁は、全館停電をせずに、一部を残しての部分停電として、適用を「使用」から「除外」にして停電させない。中央監視室や電気室、防災センターは、仮設でもない今まで通りの電灯が点きっ放しとなる。瞬間停電はあるが、常にテレビも空調も電子時計も送電のままだ。
 今回、その自家発電からリレーがうまく行かず、手動で分電盤へ送ることにした。皆、大した不具合だとは思わなかった。これが後々とんでもないことになる。物(非常用発電機)は三菱電機なのだが、明電舎エンジニアリングと中部電力系のトーエネックといった会社が入り組み、どこがどういう責任で行っているのか、私にはさっぱり分からず、翌日になっても解決が付かなかった。しかも半導体が手に入らないので、三カ月先まで掛かるとのことだ。
 私は一応、そのビルの建築物環境衛生管理者である。実はよく分からない。
 前のビルでは、指揮命令系統の統一された責任者とその次の責任者という順序だった人物名が載っている手順書がないことが問題だと抗議した。作業直前になって、新所長が途中から口出しをして、逃げた前所長との二重基準となって混乱した。
 今回のA省ではしっかりとそれらは分厚い手順書として配られ、技術者も一〇〇人からやってきた。ところがそれでも、デカい不具合が起きてしまったのだ。
 停電したときに切り替える遮断器が壊れた。給電するのに、仮設が必要となり、そこまでの大容量(二〇〇〇キロボルトアンペア)仮設は用意しておらず、のちの交換時に用意された。作業終了後は自家発電設備からに戻る。ただし、問題はもう一つあり、三カ月後にその交換(億のカネがかかる)が終わっても、試験運転をしなければならない。笑ってしまう話だが、この「試験をする」という報告を上に出来ないのがこのA省のお役人だ。遮断器が直った後にサーバーを全部落として試験するというただそれだけのことだ。
 会計課管理室室長は、試験の了解の届け出(申し出)を上に対して言えない。たかがその一言が、自身の失点につながると考えているのか、何も無かったかのように振る舞う。なので一人増やして、年次点検まであとの九カ月間、試験をせずに待ち、不具合の事実を有耶無耶にしようとする。一人増員と言っても実質三人だ。人数を増やして、まさかの有り得ない限りなくゼロに近い確率のために、翌年の停電作業時まで、(仕事もないのに)設備会社に無駄にお金を払ってくれる。税金を使っても、こういうのをウィンウィンというのだろうか。
 以前、大手の出版社から本を出したことがある。それまで付き合ってきた中堅または小さな会社と違い、打ち合わせ場所のバー、うなぎ屋など身銭を切らない接待費で浮く場所は極上だった。だが取材費はゼロだった。貰えない。原稿の督促が異常で、一日のうちにバイク便で数時間後に飛んで来ては直し、完成させた。そこまで急がせた原稿を、その副部長氏は、さて、いつに成ったら進むのか二週間が過ぎた。
 副部長曰く「部長の机の上に完成原稿を乗せてはいるんだけど、まだ見た形跡がないんだよな」。おいおいおい。
 私がビデオ営業のときも、交際費は、安い店で食事をしたら出ないが、金額の高い店ならば、名目として成立して「出た」。不思議な仕組みである。
 会社でそうなのだから、官庁こそ、無駄なことにエネルギーと金を費やして、効率などどうでもよい。時間や負荷を分け合うという考えもない。被害を受けるのは下っ端だ。いや国民だ。
 ところで、何がどうなったのか。気楽な一人現場が、突如として、常に二人いる現場となったのだ。仕事もないのに。仕事がないのだから良いのではないかと思うだろう。ところがそうではない。ビル管という仕事の最高の現場は一人現場だと、多くの経験者は知っている。そして問題は、もう一人として現場に現れた相方である。
 次号に登場する。
(建築物管理)







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