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評者◆ときのき
幻想小説家・山尾悠子のエッセイ・書評・掌編を遊覧する
迷宮遊覧飛行
山尾悠子
No.3585 ・ 2023年04月01日




■幻想小説家・山尾悠子の初エッセイ集だ。デビューから今日までに書かれた、小説のあとがき以外の文章がほぼ網羅されている。
 前半が復帰以降の文章、後半が隠棲以前の雑文という構成になっている。現在から過去へ遡行するような作りで、書いている人間が同じだから基調は変わらないのだが、現在の方がおおらかというか程よく肩の力が抜けていて、若い頃のそれは犀利で隙がなく、存命の先達を意識してぐっと腕にこめた力こぶが感じられる。どちらが良い悪いということではなく、一人の作家の経年による変化を一書で通覧できる機会は少ない筈で、その意味でも興味深い読み物になっている。
 澁澤龍彦、編集に関わった泉鏡花関連の文章や、マルセル・シュオッブやマイリンクなどの書籍へ寄せた推挽のコメント、ボルヘス、ブッツァーティ、稲垣足穂、倉橋由美子などへの詳細な読みと熱い想い、ざっくばらんな自作解説などなど、幻想小説家として期待されるような仕事も果たしつつ、全体としては一作家の個人史と変わらぬ個性が伝わる作りになっている。
 書評はどれも細心で熱がこもったものだが、特に笙野頼子『硝子生命論』、長野まゆみ『45゜』の文章は素晴らしい。文芸作品の扱い方のお手本のようだ。
 愛読書や、影響を受けた先行作家の作品にはかねてから言及されていたもの以外にも、意外な名前も挙げられている。ファンにとっては、これを参考に読書リストを作成する楽しみがあるだろう。
 後半には当時雑文を求められたときに渡していたという掌編といっていいような短い物語が収められていて、小説が読めるとは思っていなかったのでボーナストラック的な楽しみがあった。個人的には鮮烈な黙示録的イメージの『ラヴクラフトとその偽作集団』が好みだ。
 著者には30~40代が丸々、小説家としては創作から離れた空白期間があった。それまでの中短編と新作をまとめた『山尾悠子作品集成』によって劇的に復活するに至る経緯、その間の想いも率直に書かれている。
 かねてより、地方に隠棲しているとのみ伝えられていた。自ら望んでの休筆状態なのだと了解していたのだが、本人にとっては世間から忘れられたような寂しさがあったのだという。古巣のSF業界や、文壇界隈への複雑な心境もそれとなく語られ、これは彼女個人の感慨としてだけではなく、まだ数少なかった女性作家から見た、当時のその周辺の雰囲気の記録としても貴重なものだ。明言はされていないが、少なからずやり辛い面があったように察せられる。後段には現在から回想されるその時代の、ただなかにいた若い頃の文章もまた収められているため、状況が立体的に捉えられるようになっている。
 日常を綴ったものには衒ったところの少ない、普段着の文章が多く、山尾悠子を覆う“伝説の作家”イメージの神秘性を自ら剥がしていこうとしているかのようだ。(「萌え」とか「刺さる」とか、言葉遣いが若く、新しい表現を取り入れることに積極的な様子もうかがえる)同時代や若い世代の作家へのエールないしファンコールも隠さない。余談だが、言及されていた作品を私も一冊購入した。
 著者の年来のファンから、今回初めて手に取る読者まで、入り口の幾つもある本だ。目次で目についた幾つかの項目を拾い読みするだけでも、独自の世界に引き込むつよい力がある。
 帯には『仮面物語 或は鏡の王国の記』改訂版の出版予告がある。こちらも、刊行予定とされている五月が楽しみだ。







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