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評者◆粥川準二
イェール大学経済学者の発言「高齢者は集団自決すれば良い」は、コロナ禍で実現?――成田悠輔は、われわれの心の中にも存在していることを自覚すべき
No.3583 ・ 2023年03月18日




■筆者はテレビをあまり見ないので、いわゆるタレント学者についてほとんど何も知らない。彼らが自分の専門でもないことについてテレビ番組などでしゃべった「感想」を紹介した記事を、たまに読むぐらいである。そしてだいたいいつもあきれる。彼らにも、その発言を取り上げる一部メディアにも……。
 今回の件もあきれながら読み流すつもりだった。すでに多くの論客が各メディアを通じて彼の発言を批判的に取り上げているので、自分がいまさら追いかける必要もなかろう、と。しかしながら、彼の発言は批判されてはいるのだが、その内容はコロナ禍をきっかけに、実現し始めているのではないか。
 「彼」とはもちろん、「イェール大学アシスタント・プロフェッサー」の成田悠輔のことである。
 この件を比較的早くから追っていた批評家の藤崎剛人によれば、成田が、高齢化社会の解決のため「高齢者は集団自決すれば良い」という発言をしていたことが動画などで拡散され、SNSで議論され始めたのは、二〇二三年一月一一日ごろからだという(「「高齢者は集団自決」で爆笑するな」、ニューズウィーク日本版、一月一八日)。その発言が二月一二日に『ニューヨークタイムズ』で報じられると、イギリスやドイツの各メディアもそれを報じ、成田の発言は世界的に知られるようになった。
 その記事を翻訳・転載した『COURRiE JAPON』によると、二〇二一年末、「あるネットニュース番組」(おそらく『ABEMA Prime』)では、彼は「僕は唯一の解決策ははっきりしていると思っていて、結局、高齢者の集団自殺、集団“切腹”みたいなのしかないんじゃないでしょうか?」と発言した(Motoko Rich and Hikari Hida「米紙の疑問、高齢者の「集団自決」を奨励するような成田悠輔の発言をどう受け止めればいいのか」、同誌、二月二五日)。
 こういう発言をメディアが伝えると、「マスゴミは発言を切り取って伝えるな!」という声が必ず上がる。ネットを検索すれば、その発言を前後も含めて書き起こしたテキストやその動画もすぐ見つかる。興味ある読者はぜひ確認してほしい(もちろん筆者も確認した)。
 また、二〇二二年に行われた小中高生との討論会では、成田はそれについて詳細を尋ねられ、映画『ミッドサマー』で「最年長者が崖から飛び降り自殺をさせられるという場面」を紹介し、こう話したという。「それがいいのかどうかっていうと、難しい問題です。なので、もしいいと思うなら、まあそういう社会を作るために頑張っていくというのも手なのではないかと思うんです」(傍点粥川)。「もしいいと思うのなら」というのは、批判されたときのための予防線であろう。
 「ある討論番組」(おそらく『NewsPicks』の配信動画)では、「将来的にありうる話としては、安楽死の強制みたいなことも議論に出てくると思うんですよね」と彼は述べたという。
 成田は『ニューヨークタイムズ』の取材に対して、こうした発言は「抽象的な比喩」だったと答えている。
 もちろん批判も多い。
 生命倫理のことを少しでも知っている者であれば、「安楽死の強制」という言葉に引っかかるだろう。安楽死そのものの是非は別にしても、それを合法化している国々においては、少なくとも形式的には本人の意志が前提とされているからだ。
 心理学者の和田香織はこう批判する。「成田氏の「安楽死の強制」という発言は、明らかな矛盾語法だ。「強制された安楽死」はもはや「安楽死」ではなく「殺人」であり、集団に対して行われれば「虐殺」だからだ」(「成田氏「集団自決」発言から考える、安楽死をめぐる日本の現在地」、ニューズウィーク日本版、二月二七日)
 前述の藤崎剛人は成田のいう「切腹」に着目する。「切腹の美学を内面化した老人が増えれば、自分の手を汚さずとも老人は「自動でいなくなる」。成田悠輔が述べているのは、大量虐殺のために、切腹という美的システムを利用せよということなのだ」(「NYタイムズも過激と評した「集団自決」論を説き続ける成田氏は何がしたいのか」、ニューズウィーク日本版、二月二二日)
 だが筆者としては前述したように、成田の発言内容は実現し始めていることをここで指摘しておきたい。
 日本では、新型コロナウイルス感染症の致死率は二〇二二年七月二六日時点で、五〇代では〇・一パーセントだが、七〇代では一・六パーセント、八〇代では五・〇パーセントに跳ね上がる(本川裕「新型コロナウイルスによる年齢別の感染者数・死亡者数」、社会実情データ図録、公開日不明)。
 厚生労働省が公開するデータによれば、死亡者の累計は二月二七日時点で七万二三二〇人。そのうち七〇代以上は五万二五〇一人(二月二一日時点)。つまり約七二・六パーセントが七〇歳以上の高齢者である。
 そしてこの連載(特に前回と前々回)でも述べてきた通り、政府はコロナ対策を緩めようとしている。国民はそれを支持し、そしてワクチンを打ちたがらない。論客や識者と呼ばれる人たちがそれを容認する発言も目立ってきた。つまり高齢者が死に廃棄されるのを、誰も手を汚さないまま黙認している。
 成田悠輔は、われわれの心の中にも存在している。それを自覚すべきであろう。
(叡啓大学准教授・社会学・生命倫理)







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