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評者◆凪一木
その182 格差社会の襲来
No.3583 ・ 2023年03月18日




■先週、映画の試写に行ったら、しばらくぶりに映画監督のA氏に会う。「凪さーん」と声を掛けてきた。「おお、Aかよ。いま何してるの? ぜんぜん映画撮ってないみたいだし」
 「Bさんに呼ばれて京都に毎週三日間通ってます」
 「C大学かよ。あそこは友達が何人か教えていたりするけど」「いや、そっちじゃなくて」「D大の方か。Bさん、何やってるの」「あの人、教授ですよ」「そうなの。Aさんは?」「ボクは専任講師ですけど」「専任講師でいくらぐらいもらえるの?」「月三〇ぐらいですよ」「うっそ~」
 私があまりにも大きい声を出したので、周りの人が振り向いた。たかが三〇万ぐらいで驚くこともないはずだ。警備で三〇万貰っている友だちもいる。しかし、法定の残業上限四五時間の倍以上勤務し、法を犯してまで額に汗して泥水をすすっての三〇万と、週に三日京都に通っての(しかも明らかに名誉職での)三〇万とは意味が違うだろうと私には思うのだ。
 「凪さん、そんな驚かないでくださいよ。大したことないですから」
 「Aさん、前に二〇〇万借金あって、同棲相手と結婚するしないといって悩んでたのはどうしたの」「随分と変なことを覚えてますね。とっくに返しましたよ。借金してたことも忘れてましたよ。それより、凪さんはどうしてるんですか」「やっと、本が出ることになって……」「おめでとうございます。買いますよ」「それはどうも」
 何だかAもBも映画は撮ってないけど、暮らし向きは良いみたいで、実は他に映画監督や脚本家で、教授や学部長、学長までが、ゴロゴロといる。教授になると映画を撮らない。飢餓状態がないと、希望や目標、欲求も持ちにくい。来週私と対談する監督も、教授だ。いや、C大を調べたら、昔、自分と三人で鼎談した「映画批評家」がいて、なんと、彼も教授に名を連ねていた。驚いた。それはそれとして、私は私のやり方しかないのかな、と。
 これはしかし、格差社会が出来上がっているのではないか。
 この「人選」から漏れる/漏れないの攻防で、カギを握る人物の周囲で、醜い人間のやり取りが行われている噂を耳にする。「Xはまだ早い」「Yは使い勝手がある」「Zは土下座をしてきた」。
 漏れた方は、映画を撮るしかないからか、映画は撮り、映画監督としての本分を全うしているように見えるも、貧すれば鈍するで、教授系の人たちとは明らかに違う。売れている一握り以外は、下請けから漏れた中小企業のような自主映画作家が跋扈する。
 韓国は国策として、世界に売れるコンテンツとして、文化事業として、映画にお金も設備も投資した結果、性暴力環境までをも減退させた。その闘争にまで持っていけないのならば、日本では、「人選」をめぐって永遠に足を引っ張り合うだけの関係でしかなく、最低限度の職場環境、最低限度の労働基準へとすら向かっていかない。
 私のビルメン人生は、まず病院に入ったので、そこでの階級を思う。
 「並・上・特上」「松・竹・梅」「社長・管理職・平社員」あるいは「天皇・軍部・赤子」「総理・お友達・国民」。ヤクザの御かじめ料(用心棒代)が、「スナックで三万・ソープで一五万・パチンコ店で一〇〇万円」で、葬儀屋の一般葬は「五〇・八〇・一二〇万円」の三ランクと、何でもヒエラルキーが存在している。まずビル管理同士の階級がある。元請けと下請けとの違いだ。
 元請けは、(外線および内線)電話を取らない。毎日の掃除もしない。自分の椅子と机とパソコンがある。社員食堂も利用できる。下請けは電話を取り、掃除を毎日して、椅子も机もパソコンもなく社員食堂を利用できない。昼休みは、電話を取らない以上は元請けは仕事をしないで寝ている。下請けは電話を取り食事途中でも命ぜられるままに仕事をし、なおかつ睡眠の邪魔だと怒鳴られる。休日取得は自由に取れるのが元受けで、下請けは無理。タイムカードもなく、毎日少なくとも三〇分以上のサービス残業をさせられるのが当然の日課として組み込まれている。朝の申し送りは、元請けは行わず、下請けがサンドバックの如くにパンチを浴びせられるがまま行う。
 二〇二二年も終わるが、七月に事故を起こして以来、未だ仕事に復帰できない友人がいる。
 〈ヤベー!七月三日の夜にスクーターで帰る途中横から急に車が。急ブレーキ転倒、激突!!「大丈夫ですか!!」。人が集まって来た。体が痛くて起き上がれない!ここに居たら邪魔だから、といって、ゴミのように歩道に退けられた。誰かが救急車呼んだ?つながらない。
 「何で?」「私AUだから」「あ、俺も」「俺は、あーAUだ!」「本当だ!じゃ、お宅は?」「私もAU」「じゃ俺かけてみるよ!あれ、あダメだ!AUだった」。ふざけんなよ!!警察が来て救急車を呼んだ。怪我は、体の右側を強打している為に、腕、肩、背中の筋肉の靭帯が切れていて、腕が上がらない。頚椎を損傷しているため、首も動かない。車椅子状態になってしまった!〉
 見舞いに行くよ。どこの病院?
 〈凪さん、今、来ても、面会できないよ!警察や、保険会社の人間にも会わせない。電話も繋がない。しかも、入院して直ぐに、携帯持ってなかったので会社に連絡してと看護師と患者サポート室主任に頼んだのにしてなくて。無断欠勤なんて絶対しない俺だから、社長が警察に捜索願いを出した。そしたら、事故で入院している事がわかったと言う次第。外部とは、連絡しない病院です。〉
 なんだ、それ。コロナ禍を理由になのか、おかしくなっている。権利を持つ側が、束縛も制限も何でもできるようになっている。セーフティーネットのない職場に生きる者は、漏れてしまうと一気にホームレスにもなりかねない。ぶつけてきた車の相手は補償能力もない外国人であった。
 幸せな者が不幸せな者に向かって、幸せについて語るのは嫌みでしかなく、やはり憚られる。エコノミークラスにつく客に向かって、ファーストクラスの者が、その良さについて語るようなものだ。いずれの機会にファーストクラスに乗ることが可能ならばまだ理解できるが、多くの場合、それはない。ならば、何なのか。嫌みであり、自己確認である。他人に担保してもらうことによって確認したがっている以上は、つまりは、「その幸せ」に自信がないのである。本当には幸せではないのだ。ファーストクラスは語る必要などない。自らを幸せだと語る者は、少なくとも幸せではない者である。
 教授に「選ばれし者」もまた、幸せではないのは、それが公平な人選ではないからだ。果たしてビルメン現場の選考法はどうなのか。運でしかない。
 一二月。やっと怪我した友だちに会える。
(建築物管理)







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