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評者◆凪一木
その181 空き家問題
No.3582 ・ 2023年03月11日




■全国には今、空き家が八四六万棟あり、家屋全体の一三・六%という(二〇一八年一〇月一日現在の総務省統計局「住宅・土地統計調査」)。所有者は固定資産税を払い続ける。買い手がつかない。解体費用が払えない。また、日本の男性が生涯独身の割合が三分の一だという。これを異常と見るか、仕方がないと衰退国家の影響を受け入れ諦めるか。ビル管理の世界では、これらの数字はもっと重くのしかかっている。ハローワークでは定年後の再就職にも奨励され、高齢者雇用を早くから採用して促進していたビルメン業界は、日本の老人問題を先取りしているとも言える。
 生涯独身のビルメンは、私の推計では今のところ八〇%を超える。日本全体の三分の一などという低い割合ではない。警備の場合はどうか。離婚後の独身状態という男の割合が多く、ビルメンよりも「一度は」結婚した男が多い。そして空き家だ。皆、抱えているのだ。
 私と共に働く「相棒」である七〇歳間際のカンムリ鷲は、年金を貰いながらの仕事である。未婚で五〇〇ミリ缶の発泡酒を寝る前に二本飲むのが日課である。食べずに飲むのは身体によくないからと、オニギリ一つを酒のつまみにする。特に旨いと思わず食べている。エアコンのないアパートに暮らし、家賃は口座からの引き落としにせず、毎月四五〇円を払って勤務先の官庁近くの銀行から振り込む。一九七七年からというからビルメン歴四〇年以上だ。私が中学生のときからのビルメンだ。しかもずっと官庁を渡り歩いている。五年ほど前の作業中に膝を怪我して半年入院し、今も週三回のリハビリに通う。昼間だと四八〇円、夜は六三〇円医療費が掛かる。薬代は別で、二週間ごとに渡される。楽しみは酒以外にパチンコだ。膝を悪くしてからは止めている。コロナ給付金一〇万円が入ったら自転車を買おうと思っていた。だが足が治らず、七万円でスマホを買った。サッパリ使いこなせない。かなり標準的なビル管の最終形態モデルの男といえる。杖を突いて仕事するわけにもいかず、無理を押して受水槽の梯子階段を上る。
 さて、悩みは岡山に残された空き家だ。岡山駅から電車で三五分の駅近くなのだが、まるで買い手がつかない。早くに父が亡くなり、数年前に母も逝く。固定資産税は年一万五〇〇〇円ぐらいだが、光熱費も払い続けている。水道料は二カ月で八〇〇〇円を超えていた。岡山まで帰省すると、配管から漏水していた。自ら直してそれでも四五〇〇円と基本料金が高い。もっと言うと、その近くにもう二軒、カンムリ鷲の親戚の家が、廃墟同然の空き家となっている。
 この手の話がビル管では飛び交っている。対処のしようもなく、自民党が長期政権を獲得するが如くに、手の施しようもなく時を過ぎるのを待っている。いや、無駄金を払い続けている。
 二〇一五年五月に「空家等対策の推進に関する特別措置法」が施行される。それはもう、あまりにも問題がひっ迫したからだ。コロナ禍の恐怖は、志村けんと岡江久美子という二人の「著名な」死によって、その切迫感が急速に増した。空き家問題も、二〇二二年に出版された松本明子『実家じまい終わらせました!』(祥伝社)によって、やっと加速したようだ。タレント本ではなく、実用書の趣が強いのは、これが多くの国民、いや老人一人ひとりに差し迫っている問題だからだ。
 高額のくせに費用対効果としてはどんなに薄くても、あまりその無駄を考えることなく、やむを得ないと納得したり、我慢して払ったりするのが、結婚式の費用と、住む家やマンションの購入費だろう。その付けが、当たり前のように直撃し、年寄りに襲い掛かっている。加計学園問題の一方で、庶民には空き家放置をさせる。貧乏人は麦を食えと言っているわけだ。人が最後の一人で死ぬから空き家となる。
 安部公房の六七年初演の『友逹』という戯曲は、一人暮らしの男の家に突如多数の「家族」と称する者たちが押し寄せてきて、すべてを多数決で決めようと棲み始める。孤独の概念を変えていく不条理劇だが、まだ「住む」家が貴重な時代であった。
 たとえばカルト宗教の一団が、集団で家に入り込んで占拠したとき、多数決でこの家は私たちのものだと主張するとき、表向きは、家屋の書類や事実が物を言うと思うけれども、では、どうやって追い出すかというと、警察その他の暴力装置を使うしかない。かつてなら地元の知り合いの暴力団が活躍したかもしれない。現実とはそういうものだ。実用とはそういうものだ。
 一九七二年あさま山荘事件の翌月に連載された四回シリーズの手塚治虫の漫画『マンションOBA』は、武蔵野の新開地に新築のマンションが建ち始めて、そこに棲む場所を奪われた木々や動物のお化けが占拠して、入居者の人間たちを脅かすというものだ。先住民族や、人間自らが産み出したゴジラやキングコングやプルガサリが、最後には裏切られる物語を見るようだ。空き家もまた、贅沢や快楽の夢を見せられ、マンションや一軒家を購入させられ、そこに集めたコレクションや遺産は、誰に引き継がれることなくプチ廃墟化していく。
 今この国では、それは切実に、眼前に迫っていて、国会の人たちなどには、身近に存在しない。なぜなら家の跡継ぎは常にいるし、また買い手が付くほどの立派な家であり、空き家問題とは、いったいどういうものなのか、輪郭すら掴めないのではないか。東京都渋谷生まれの岸田文雄首相の実家に空き家問題は発生するのか。
 カンムリ鷲の父は、三菱で働いていたので、年金は、二カ月で五八万円もらっていたという。明延鉱山で八七年の閉山までいた。カンムリ鷲が小学三年のときに、床屋から帰ると、四軒長屋の一番端が消えていた。坑道が陥没し落下した。彼の家はその二つ隣であった。閉山後は岡山に流れて、息子は東京に出るもビル管となって、娯楽は一円パチンコに落ち着く。明延の少年時代、一円電車と呼ばれる、本来は鉱山用の列車に乗っていた。一円を笑う者は一円に泣くというが、高度成長の真っただ中、一円で夢を抱き、官庁で約四〇年、バブルの恩恵も特に受けずに、一円の夢に楽しんで死んでいく。年金を貰いながらの七〇歳間際が、杖を突きながらなお仕事を止められない。ぱっくりと口の空いた空き家の維持費も払えなくなりそうだからだ。
 私の北海道の実家も、母の死によって空き家となるが、そのための準備のための帰郷であった。だが何一つはかどらない。巨大ビルが続々建設中の東京駅前と虎ノ門を結ぶ線上に位置する霞が関に勤務しながら、岡山や北海道で続々と増える廃墟群を、遠くから思う。
 誰も住みたがらない家。
(建築物管理)







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