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評者◆凪一木
その180 運動とは何か。叫びとは何か。
No.3581 ・ 2023年03月04日




■ビルの地下でうごめく、設備と清掃のビルメンテナンスで働くいわゆる「ビル管」たちは、「縁の下の力持ち」、或いは「ビルを使用する人の目に入らない存在」、また「都市を構造的に支えている人間」とも言われる。
 だが、持て囃されなくともよい。却ってわざとらしい。また価値を知られずに、見捨てられるのも嬉しくない。ありのままを、ここ(地下)に生きているということを表明したい。小さくとも文字は文字である。
 私の目的は、一つには、人間も施設も勤務形態も含めた職場環境を改善することである。一つには、社会的な視線を変えることである。これを少しでも平等に近づけなければ、見えない力が働いて対等な生活の機会が得られない。また生きる意欲も湧かない。老人だからと言って夢も希望もなく、余生を繋がれて、年金の不足分を身体で払うわけではない。
 かつて『自衛隊へ入ろう』という自衛隊を褒め殺しした高田渡の皮肉なフォークソングが流行った。このとき勘違いした自衛隊本体から「うちのテーマソングとして使いたい」という申し出があったという。実際の看板ソング自体だっていつも実はそんなものだろう。中身はあるのか。ただ、実体が動けば、制度が生まれたら、その影響は計り知れない。
 厚切りジェイソン『ジェイソン流お金の増やし方』(ぴあ)が、一二月九日(二〇二二年)発表の最新「オリコン週間BOOKランキング」で急上昇し累積売上五〇万部を超えたという。
 ユニオンは、むしろ「お金の増やし方」ではなく、企業や機関からの「お金の奪い方」を志向している。もっと言うと、搾取された分の「お金の取り返し方」である。ジェイソンのいう節約や投資術は、ユニオンの基本原理と変わらない。ユニオンの場合は、行き当たりばったりの生活を変えて、同僚や組合員との人間関係を見直し、運動等への投資ということになる。生きていくための方策が、ジェイソン的な支配者層の喜ぶやり方か、喜ばない方法かの違いである。表現を伴う行為は、権力者を、むしろ不快にさせるものだ。
 芸術家や表現者が、その務めを放棄し、或いは捨てざるを得なくなり、サラリーマンに紛れ込むとき、「何だか分からない」けど凄い人というイメージから、その「凄い」が形容から取れてしまって、ただ「何だか分からない」人になってしまう。そうなると、当然、凄くもないわけだから、「分かりやすい」人の何倍も虐められたり、無視されたりする。変わった人間は、何者かにならない限り、市民権を得られないただのオタクや変人扱いされて終わりである。私の場合は、硬直し形骸化した旧社会の「壊し屋」である。
 村上春樹に「何歳まで働きたい?」と問えば「死ぬまで働きたい」と言うかもしれない。売れずにギリギリ作家生活をしている者も、そう答えるだろう。だけど、働きたくとも、書いても書いても発表の場がなければ、働いていることにはならないだろう。サラリーマンも同じだ。好きに家でテレワークしても無給なら、働いていることにはならない。働きたいとは、一体どういうことか。
 お金に困ったら超富裕や準富裕層に出してもらう。いや、出させる以外にない。映画など、ある程度の大きなプロジェクトをやりたい場合は、企業や資本家に頼るしかない。ちょっとした書籍でも、そうである。勤めるか、大きな仕事をするかの違いは、「労働力」を売るか、「才能や実力」を売るかの違いだ。労働力になってしまうと、高望みのできない仕組みの中で藻掻くしかない。
 コロナ禍の影響かは分からないが、全国の自殺者の原因が変容している。
 〈令和三年は令和二年と比較して、健康問題が最も大きく減少し、三三五人の減少となる一方、経済・生活問題が最も大きく増加し、一六〇人の増加となった。〉(厚生労働省自殺対策推進室警察庁生活安全局生活安全企画課「令和三年中における自殺の状況」)
 自殺の原因は、国なのか、世間なのか、自分なのか。国を罵る人と、当人の問題とする人が圧倒的なように見える。借金その他で困窮し死ぬとしても、お金だけなら、生活保護を申請して立て直せば良い。それを阻むものがあるのか。その前に親戚や友人を頼り、そこで跳ね返される。それも世間だ。取り立てに来るのは、ヤクザか半グレかトーシロを別として、危険人物が来る。それも世間だ。国の手先で、窓口で水際作戦のようなことをして、保護を受けさせまいとする意地悪な人。それも世間だ。実は、日本の自殺を幇助しているのは、世間ではないのか。
 国を変えるということは、そういう世間を変えることであり、それはすなわち、そういう弱者いじめに手を染めている自分から変わらなければ、変わらない。そして世間とは、ヤクザや意地悪な人だけではなく、国を罵り、当人の問題を責め立てる人のことでもある。そういった世間に絶望して死ぬ人間もいるだろう。さらに言うと、親戚でなくとも熱心な人、違法な取り立てに異を申し立て立ち上がる人、窓口の意地悪な人に助言する人、罵り責め立てる人に対して抗議する人。これも世間だ。
 なぜ国が変わらないのかというと、その構成者が理由だと私は考える。会社で組合活動が困難なら、ユニオンに参加すればよい。フリーで働く人ならなおさらだ。遠い場所の誰かを火の粉の来ない地点で「陰口を」叩いて酒の肴にするのではなく、表口から小さな悪に手を染める友人や身近な同僚に対して「声を」上げる。耳の痛い話をする。書くという仕事も、一つにはそういう作業だ。万人受けするものは毒にこそなれ薬にはならない。
 上司に媚びず、社長にはっきり物申し、何も反骨精神を見せなくとも、自分の考えを素直に言えば良い。周囲に合わせて大人しくしているのではなく、人間を捨て駒のように考える不遜な態度や、不当な労働条件やおかしいと思うことに対して、少々の技術を使ってその気持ちを伝える。
 会社の連中が同調しない話についても妻から批判を受ける。
 「あなたには、弱い人の気持が分からないのよ。あなたみたいに何でも言える人は良いのよ」「いや、皆同じだよ。どんな場所からでも、どんな立場からでも、闘いは怖い。有能なオリンピック選手だって皆、スタートラインで恐怖を覚える」「そんな屁理屈は聴きたくない。分からない人には分からない。もうこの話はしないでちょうだい。自分で納得していているから良いのよ」「……(こっちは納得していない)」
 ユニオンに加入しなくてもよい。ファンクラブの数よりも、応援しているファンがいることがスターの条件なように、阪神ファンの如く、波が来ると信じている。
(建築物管理)







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