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評者◆殿島三紀
つながりがあれば生きていける――監督 風間研一『ただいま、つなかん』
No.3580 ・ 2023年02月25日




■『イニシェリン島の精霊』『すべてうまくいきますように』『小さき麦の花』等を観た。
 『イニシェリン島の精霊』。監督はマーティン・マクドナー。監督のルーツ、アイルランドの孤島が舞台だ。時代はアイルランド内戦中の1923年。主人公の楽しみは島のパブで親友と酒を飲むこと。だが、なぜかその親友から絶交を言い渡される。荒涼とした孤島の風景と対岸から響く砲撃音。男二人の子供じみた喧嘩が絶望的な結末に至る……。マクドナー監督の真骨頂だ。
 『すべてうまくいきますように』。フランソワ・オゾン監督作品。芸術や美食を楽しみ、ユーモアと好奇心に溢れ、人生を愛していた父が脳卒中で倒れ、安楽死を願うようになる。治療とリハビリで回復しているのに死に執着する父に、二人の娘たちは葛藤しながら向き合う。だが、フランスでは安楽死が認められていないし、犯罪である。死に急ぐ老父に娘はどう対応すべきなのか。
 『小さき麦の花』。中国北西部に住む貧しい農民の男女が家族から厄介払いされるようにして結婚。作物や豚を育て、家を作る。慎ましい農村生活の中で、ふたりは徐々に深い愛で結ばれていく。リー・ルイジュン監督作品。いわゆる文芸片と呼ばれる映画で通常興行成績は悪いのだが、なぜか大都市に暮らす若い世代を中心に社会現象ともいえる大ヒットとなった。国の政策に翻弄される農民の生活が都市に暮らす若者たちの鬱屈と重なるからだろうか。
 今月の新作映画は『ただいま、つなかん』。まもなくあの震災から12年が経つ。2011年3月11日。気仙沼市唐桑半島でカキの養殖業を営む菅野和享・一代夫妻は津波で損壊した自宅を補修し、この地を訪れる学生ボランティアの拠点として開放した。半年間で500人以上のボランティアを受け入れ、その後もこの地に戻った元ボランティアと共に、復興後の先をみつめ、地域に根ざした町づくりに取り組んでいる。本作はその10年以上に及ぶ日々を撮影し続けたドキュメンタリーだ。
 つなかんとは夫妻の家がある唐桑半島鮪立の鮪(tuna)と菅野さんの「かん」を取って学生たちがつけた愛称。そして、夫妻も学生たちがいつでも「ただいま」と言って帰ってこられるように、震災から2年後、自宅を民宿「唐桑御殿つなかん」として生まれ変わらせた。監督は当時テレビ報道の現場にいた現役ディレクターの風間研一。本作は全国ニュースで反響を呼んだ一代さんの物語に新たなシーンを加えた映画である。
 そもそもは監督が2012年1月ディレクターをしていたワイドショーで震災から1年目の特集企画を考えていたとき、河北新報に掲載された一代さんの記事を発見したのが始まりだった。新聞記事との出会いがその場限りの番組作りに終わらず、10年も続く長い関係につながっていったのだ。
 震災から10年以上も記録し続けたことで、映画は震災ドキュメンタリーを超え、気仙沼で生きる人々の再出発の記録になっている。10年は長い。その間にはコロナが民宿をうちのめし、更にはこれでもかという悲劇も一代さんを襲った。10年にわたって撮影することは共に10年生きるということなのだ。共に生きたのは監督だけではなく、学生ボランティアたちも同じ。
 卒業した彼らは次々と気仙沼に戻ってきた。そして、この地に移住し、気仙沼を次のステージに向かわせようとしている。ある者は漁から戻った漁師のための早朝食堂を営み、海を豊かにする森を育て、移住者のサポート体制を整える。震災当時、よく聞いた「絆」というその場限りのつながりではなく、彼らはこの町で家族を持ち、ビジネスを起こし、社会創設の若い底力となっている。なにより印象的だったのはどんな状況にあってもはじけるような笑顔を見せる一代さん。強く、しなやかな人だ。
(フリーライター)







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