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評者◆凪一木
その178 パワハラの顛末
No.3579 ・ 2023年02月18日
■前号の続きだ。怒鳴ったりパワハラをして良い気持ちになるような人間を仕事に就かせるなと思う。特に指導的立場や権力を持たせるのは危険であり、企業としても最悪の選択だ。Tは的確な指示が出来ない。紙に書いて渡せと言いたい。喋り言葉は非効率だ。だが、字は嫌いなのだ。
本当は作業内容について、メモでも良いから書いたもので渡してもらいたい。曖昧な内容と表現での聞き取り難い喋り言葉は勘弁してほしいのだ。 Tも人に指示をし、任せたのなら、「あのKKの野郎は何をやってんだ」などと人の悪口を言うのではなく、黙って待つのが原則だ。自分の部下についてのあれこれを同僚である私に向かってくどくどと語るのはいかがなものか。Tは、そういった話のときだけは歯切れがよく、肝心な指示を与えるべきときなどは、逆にモゴモゴしていて何を喋っているのか聞き取りづらい。誤魔化そうとでもしているのか、内容も音声もハッキリしないゆえに、指示の不徹底により、何回も行ったり来たりすることになる。そして「本当の意味」で分かっていない。分かっているという状態は、分からない相手のことも分かっていることであり、自分のことだけ分かっているのは、その基準であれば、皆、分かっているわけで、他人をいくらでも批判できる。 「私の誕生日の日付を言ってみろ」というに等しい馬鹿げた行為でしかない。 あの年齢まで、脚光を浴びたり注目される瞬間がなかったのだろう。それでも大抵の人間は、その客観的事実を受け入れて生きるものだが、自己承認欲求が強いのか、主観を通そうとする。不幸と言えば不幸であり、みじめと言えばみじめだ。 人間の感情を壊すという行為は重い十字架を背負うべき行為でもあり、一刻を争うときであってさえも、やってはいけない行為である。怒鳴るという行為は最低の行為である。一刻を争うというが、その結果がこの社会なわけだ。なるべくこの失敗を繰り返さないためにも、一刻を争うことから、まずは距離をとるべきだと考える。 いま問題となっている映画界のパワハラ、性暴力もまた同じ。余裕のなさ。一刻を争うところから生まれる。「同じ時刻に、別々の場所に同時にいろ」みたいな無理難題を押し付けられても、無理なことは無理なのだ。人間を人間としてではなく、物のように扱う人間が、この時代になっても、まだいる。Tもその例。自分の問題や責任を棚上げして、人のことばかりを指摘し挙げつらって、相対的に自分の立場や方法が優位であるかのように見せる手口も不愉快だ。 そしてTは用語についても知らない。Tは、盛んにピット、ピットという言葉を使い、KKも訝しがって私に訊いてきた。私も疑問視してTに尋ねたが、調べようともしない。 ビルメンテナンスでお馴染みの「EPS室」という空間がある。「EPS」とは、電気関係の配線を通すために用意された空間のことだ。排気(Exhaust‐Air)をEAというが、排煙がSEA(Smoke‐Exhaust‐Air)というのと同じように、パイプシャフト(PS)の前に「E」を付けてEPSとしたものである。つまりEPSとは、Electric Pipe Space / Shaftの略である。SEA=S+EAの如くEPS=E+PSである。 一方、建築のピットは、地下に設けた配管を通すための空間である。地下ピットともいい、ピットをつくることで、1階の給排水用配管を通し、配管の維持管理が容易になる。ピットの床は、土に接するので耐久性の高い鉄筋コンクリート造が求められるが、水も無く良好な地盤の場合、ピットの床は土間コンクリートでも良いとされる。PS(パイプシャフト、パイプスペース、配管スペース)やDS(排気用ダクトスペース)とは違う。PSは、一般に配管がスラブを貫通して、地上まで一直線につながっている。地下ピットなどへ流す必要があるからだ。 私が記した「配管スペース」の文字の下に、Tが「ピット」とわざわざカッコ書きしている。何のためにこういうことをするのか。 パワハラに対して、苦情を提出する前に、「物の分かるだろう」唯一の同僚に文章を見せた。 「ダメですよ」「なんで?」 「こんな文章を差し出したら、凪さんがキチガイと思われて終わりですよ。何しろ漢字もろくに読めない奴ですから」「でも、内容ぐらいは見当がつくだろうよ」 「それは分かると思います。Tのパワハラについては、普段から分かってますからね」「じゃあなんで? あの責任者は、Tのことを嫌ってるだろう」 「嫌ってるけれども、字を書ける奴の方をもっと嫌ってます。それに自分もパワハラするから、自分が批判されていると勘違いするんじゃないですかね」「そこまで馬鹿か?」 「馬鹿です。変に勘ぐって、的外れた部分で鋭かったり、肝腎なところで鈍く誤解するような奴なんですよ」「でもTについては、良くは思っていないだろう」 「そうなんだけど、得体の知れない凪さんの方を、Tよりもさらに良く思わないんですよ。嫌な奴よりも得体のしれない奴の方がもっと嫌なんですよ」「そうか。そりゃあ無理だな」 「大人しくしていた方が利口ですよ。大した現場じゃないんですから。サラリーマンはそういうものですよ」「そうか」 何やら説得されてしまった。怒りや憤りの感情などというものは、所詮は一時的なものである。持続させるほどのものは、もっと別なものだろう。 指示の不徹底、曖昧な表現、分かりにくい喋り言葉、責任回避、怒鳴る、威張る、癇癪を起こす。いずれも迷惑なのでやめてもらいたいが、そのときその場で即座に何でも良いから逆襲するという癖をつけておくことだ。 かつて、ビデオ屋の店長を任されていたときの話を書く。 店内でバイトたちが一〇人以上いたが、内容がつながらないので、連絡日誌を付けていた。「あのお客さんには気を付けろ。クレーマーだ」とか、「あの爺さんは、ほとんど借りないが、ここが居場所なので居させてやってくれ」などというものだ。そこで最も多く割かれていた話題が、或るやくざの組長とその組員たちの行状についてだ。 「店長、今日も組員三人が借りていきました。前の延滞金を払いません」「店長、刃物を隠しています。警察に連絡しましょうか」 そしてトラブルが絶頂に達したある朝、店で発見するのである。そのノートが破られ、中身がない表紙だけのノートがいつもの場所に掛かっていた。血の気が引いた。 さて、今回の現場での、またしても「ノート」事件である。 とにかく敵は、ノートのようなものが嫌いなのだ。そのときその場でウソでも何でも、切り返す方法しか有効な手立てがない。見たものしか信じられない人間ばかりなのだ。 言葉はいったい何のためにあるのか。 ビル管の牢名主たちは、ウソと勢いと無反省で突っ切る更迭大臣の縮図なのか。 とにかく逆襲を考える。 (建築物管理) |
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