書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆越田秀男
ドストエフスキー『未成年』の“偶然の家庭”は日本の今を映す(「静岡近代文学」)――ポル・ポト派の生々しい爪痕(「文芸たまゆら」)/長崎にあった怨念の歴史(「ら・めえる」)
No.3579 ・ 2023年02月18日




■昨夏の元首相射殺事件は、家庭・家族と社会・国家との間の溝を、あからさまにしてくれた。梶原公子さんは「静岡近代文学」37号『『未成年』における「偶然の家庭」考』で、ドストエフスキーが描いた19世紀後半のロシア上流階層に蔓延した“偶然の家庭”は、高度成長期を過ぎた日本社会の家庭・家族の有り様に通じると指摘。しかも「男は仕事、女は家事、育児」という旧民法の思想は《規範、習慣を変えることなく今に至って》おり、エリート官僚の息子殺しのような事例を生み出している、とした。
 また辻本聡史さんは『無用の用――教育基本法の文法的考察』と題し、2006年改正教育基本法を俎上に。新法の第一条に「必要な」という一文節が加わることにより《国や社会が強制する人間育成へとコロッと様変わりした》。高校の歴史教科書では、従軍慰安婦が慰安婦、強制連行が徴用・動員となり、小中学校では道徳を教科に格上げ――森友学園の騒動を惹起させ、旧統一教会は政権党に食い入る戦術を“勝共”から“家庭”へ。
 「北斗」のゲンヒロさんは福田英子の一生を描いた『自由と権利を求めて』の連載完結(692号)の後書きで、福田の《「自由と権利」の戦いを阻んだのは家事であり、子育てであろう》とコメント。“今”においても、母子世帯の貧困率は5割超え(2018年子育て世帯全国調査)、子供のいる世帯のうちその割合は、他の同居者ありを含め、約1割(2016年全国ひとり親世帯等調査)に上る。なお、ゲンヒロさんは一息つかずに、693号から『平塚らいてう』の連載開始。
 ロシアのウクライナ侵攻から一年――虐殺、破壊、陵辱。「文芸たまゆら」の中川一之さんは、カンボジア、ポル・ポト派の生々しい爪痕を124号で『生き残った者に祈りを捧げよ』。難民救済団体に在職する〈私〉は、1991年(パリ平和協定締結の年)、雨季の到来を前にした池補修事業で、ゲリラ勢力の解放区に。そこで大量の骸に遭遇――《穴のあいた眼窩から虚空を凝視する眼、剥き出した歯、慟哭を叫ぶ暗い口、指先は天を指し足先は宙を掻く……》――収容所から奇跡的に逃げ果せた男から、惨たらしい実態が明かされる。
 「ら・めえる」の吉田秀夫さんは、長崎、山里村のカトリック住民と馬込村の被差別部落民との怨念の歴史を背景に、85号で『破局のサンタ・マリア』。徳川幕府の、馬込側を山里側の監視・密告役とした政策は明治になっても宿痾となり、浦上大聖堂建立を期に立場が逆転。昭和15年、長崎・野岳湖で子を宿した若い女の入水自殺。10年後、浦上十字架山の十字架の前で頭部陥没死体。殺された男は山里側、馬込の自殺した女を弄んだ。ナゼ10年後? 男は出征しインパール作戦へ、九死に一生も、上司が敗北の責で更迭・左遷、男も連座、結果シベリア抑留。九九死に一生の帰国に、女の兄が鈍器で待ち構えていた。
 「創」の大西真紀さんは『シベリアの俳句』(文・ユルガ・ヴィレ、絵・リナ板垣、訳・木村文、花伝社刊)を18号で紹介。1941年、ソビエト当局がリトアニア人をシベリアへ強制移送。その残虐行為をグラフィックノベルに。日本語版発売は昨年2月。流刑地で祖母が書き留めた日記等をベースに、日本の兵士のシベリア抑留を物語に組み入れ、俳句や折り紙で繋ぐ。死と添い寝の毎日、いわば臨死体験に現れた花園のごとく、飢餓が養蜂を行う爺を幻想させたり……。
 田原(ティエン・ユアン)さんは、『松尾芭蕉俳句選』で芭蕉の句の翻訳をキッカケに俳句に接近、一昨年『百代の俳句』を編んだ(ポエムピース刊)。「北方文学」86号では『俳句と現代詩の世界』と題し、高橋睦郎さんと公開対談。田原さんは《俳句は翻訳を拒んでいる》と言いつつも、《音節と季語の制限》はあっても《内在的空間は開放的》。高橋さんは《短くても一つの宇宙》と評す。一方、短歌に対して田原さんは《何か現代詩からは遠い存在のような……》、高橋さんは《俳句というのは決断の形式……短歌というのは未練の形式》。
 千々和久幸さんは「十月」158号で『短歌への遺言状』。遺産は借財のみ。かつて吉本隆明は岡井隆の短歌作品を例に、貧弱な内容でも定型の枠に納めれば結構短歌らしくなる、と皮肉。千々和さんはこれを“羞恥の「浄化装置」”と呼びつつ、しかし吉本もその《メカニズムについてはひと言も言及していない》。このメカニズムのなんたるかが《わたしの短歌に対する最終的かつ最大の宿題(つまり借財)》。この宿題は短歌に限定されない。
 土と生きる3作品、その1。主人公は学校の先生を定年退職してから農業に転じた――(『町のネズミ田舎のネズミに』徳永忠雄/槇45号)。生まれは農家。でも素人同然、妻の説得に5年も。悪戦苦闘の末、土地の人たちの助けもあって形になってきた。一途の念いを支えたのは、要所要所に耳元で囁く守護霊――都会は農村で作られてる/故郷でなくても彼の地で始祖になれ/物深き所には無数の山神山人伝説、平地人を戦慄せしめよ/石には魂が宿るぞ――囁きは柳田国男。なお、同作品は第二回槇新人賞。
 その2。93歳の父は入所施設に、コロナ禍での面会禁止が解けて――(『ヒラキコウ』山下恵美子/蒼空27号)。「どこか行きたいところは?」と聞くと、「シダオレ」「五列目の下から五番目」「五月五日生まれやとあそこに入れた」?? 5・5は姉の誕生日でしょ! シダオレ? やがてそれがシンデン(新田)のヒラキコウ(拓き講)、と判明。新田を共同で開拓し、出来た田の割り振りをくじ引きで。父は斜面の石垣作りの名人、水を漏らさず、草も生えない。5・5は姉が拾ってきた石をはめ込んだ記念の位置。かつては、こんな高度な技術が伝承され、共同作業が行われていた!
 その3。東日本大震災――主人公は父・兄・家屋・田んぼをさらわれ、残ったのは瓦礫ばかり――(『瓦礫を拾う』遠藤源一郎/麦笛20号)。平日は市の職員、休日は父らと農作業、もうじき退職、無農薬稲作に挑戦したいが父は反対必至、そんな日々に震災が襲った。現地に戻るか否か、近隣住民の逡巡を尻目に家を新築。下準備を重ね3年目に戦闘開始。メダカプロジェクト参加。瓦礫・雑草・害虫との格闘。結果、収穫は農家の6割方。仙台駅前で“メダカ米”と命名し販売、メダカが人気に、メダカは売り物じゃない!
(「風の森」同人)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約