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評者◆凪一木
その177 民も官もパワハラか。
No.3578 ・ 2023年02月11日




■夏目漱石『草枕』の出だしではないが、どこに行っても嫌なことには出くわすものである。新しい現場(官庁)での、いわゆるパワハラである。
 ある朝のことだ。設備日誌を見て驚く。私の書いた文章がなんの断りもなく消されている。その後に書かれた文章は、私のものをなぞって改悪したような代物だ。そこで以下のような文面を現場責任者宛てに提出した。
 〈「水が収まっている」状態を「治まっている」などと書き換えてあります。「治」の方は、たとえば水害を防ぐことを「治水」と言い、「水を治める=おとなしくさせる」という意味です。〈相当の水〉という記述も、〈相当量の水〉が正しい表現であり、「相当の」では、読む側からすると妥当な量とも解釈される。まずは私の文面を復元してください。他人の文章を無断で消すという行為は断じて許せません。〉
 以下かいつまんで記す。これを行った人物Tは、七〇歳近いハッタリ屋だ。かつて薬害エイズ事件のときに不遜な態度で現れた医師安部英に顔も佇まいも似ている。既得権益にしがみつき、三〇年来の長いビル管生活で培った権力を利用して、新入りや気に入らない者をいびり倒す。この態度は、人間に対する不信感からだろう。人を信用できない。馬鹿にした態度しか取れない。患者を見ることなく、カルテしか見ない医者のようなものだ。
 Tはまず、私に対する態度や文書消去以前に、罵声を浴びせたKKさんと、陰で揶揄したカンムリ鷲に対しても謝ってもらいたい。第一に、人を顎で使うような態度は、他者の尊厳を無視する行為であることを自覚して貰いたい。Tは、心のキャパが狭い。作業中に直ぐに癇癪を起こす。命令口調で怒鳴る。その場にいない人物に対する非難をする。この時代は、YouTube等に、工事やトラブルの対処法まで、いくらでも動画で上がっている。それを見る方が学ぶには早いことも多い。Tのような分かりにくい説明を聞く方が、非効率で無駄で、さらには不愉快さもある。KKさんも、きちんと指示されれば指示通りに動く。Tの指示の仕方も悪いので、指示されたKKさんも混乱する。また、その混乱を口に出来ない雰囲気と威圧的態度をとっているTは、さらに問題である。
 「映画業界の性暴力・ハラスメントをめぐって」第五回(『キネマ旬報』二〇二二年一二月上旬号)で、馬奈木厳太郎弁護士はこう語っている。
 〈「言ってもわからないから怒鳴る」「手が出る」ことがそもそも間違っているんです。(中略)コミュニケーションの基本は「相手が自分とは違う人間であり、自分と同価値である」とした上で、「その相手とどう折り合うか」です。〉
 Tの威圧的態度と雰囲気とは、一番弱い人間のところに責任を押し付ける結果になる。責任者といいながら、分かりにくい指示を出し、その通り出来ないと、それを叱責し、指摘をするだけで責任を取らない。説明もしない。出来ない。これは怖い。本当の責任は責任者にあるはずなのだから。
 戦争がなぜ起きるか。動物が威嚇のために吠えたり爪を立てるように、人間も、それをやる。この怒鳴る、威張る、権力を振るうというのは、戦争の細胞として充分な、そして危険な行為でしかない。人を殺すという野蛮な行為の原初形態がそこにある。インパール作戦などの馬鹿げた人災をもたらしたのは、当然馬鹿げた指導者の無責任な指導のせいである。頭の悪い指導者の指揮下で殺されていった下の者は悲劇である。私は御免である。
 T「業者が、鍵が掛かっていて入れないと言ってる」、私「なんの話ですか?」、T「機械室だ」、私「どういうことですか?」、T「お前が鍵を掛けたんだろう」、私「掛けるはずがありませんよ」、T「(怒鳴って)言い訳はいいから早く行け」。
 これでは仕事にならない。せめて「とりあえず現場に向かってください」ぐらいの伝言が出来ないものか。住み込みで入門した弟子に向かって出来の悪い師匠が叱りつけるのとはわけが違う。ここは会社内だ。内容が不明瞭なので問い合わせているわけであり、一方的な罵声を浴びせられる覚えはない。しかも、ここでTが「機械室」と言っているのは、皆が普段「電気室」と呼んでいる部屋のことだ。これでは話すら通じない。Tは、「話をする、意見を交わす」という当たり前のやり取りが出来ない。そもそも業者との段取りは、「Bに任せているから心配ない」と言っていたT本人から、いきなり上記の如く、前触れもなく怒鳴られたわけだ。本来ならフザケルナという話である。そしてTは、こうも怒鳴った。
 「分かっていることは分かっている、分かっていないことは分かっていないと直ぐに答えろ」と。
 分かっているか分かっていないかは、判断の難しいことが多く存在することをTは分かっていない。たとえば「分かっている」と言う者に対して、「分かっていないじゃないか」と言うことは容易い。いくらでも言える。「分かっていない一部分を探って突つけば」分かっていることにはならないという理屈だ。つまりは、ある程度分かっている者の可能性を潰すための魔法の言葉でもある。それで、「分かっていない」という言葉を引き出して、満足げに自らのやり方を示すと、「そんなことなら分かっているよ」という程度の場合が多い。或いは、Tの方が分かっていなかったりする。
 そういった「分かっている/分かっていない」の判断を、雑に行わせること自体が、仕事への取り組みについて考えが浅い証左であろう。直ぐに分かろうとする人間のダメさ加減についての解説は、今さらである。
 そういった絡繰りが分からないのか、理解できないのか、一刻を争うわけでもないのに、自分のやりたいように、好きな方法で、相手の力量や伸び代、相手との関係や進捗状況についてお構い無しに、ただ「分かっているか分かっていないか」を要求してくる無能な、指導放棄の上司は危険だ。
 「分かっている」とは、そもそもどういうことなのか、そこから説明しなければ、提言としても成り立っていない。そういった曖昧な言葉で相手を萎縮させては、仕事もしづらく、言われて混乱する。退職の理由にもなる。会社にとっては、募集にかかるお金もそうだが、残っている社員が常に(入れ替わりに入ってくる)新入社員を相手にし、かつTのような上司をも相手にするのでは雰囲気も悪くなり、またさらに辞める人間も出てくるだろう。
 日本社会よ。企業よ。社員よ。いつ変わるのだ。
 この文章提出の顛末やいかに。
(建築物管理)







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