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評者◆睡蓮みどり
本年度ベスト級!――ポール・ヴァーフォーベン監督『ベネデッタ』、佐井大紀監督『日の丸~寺山修司40年目の挑発』
No.3577 ・ 2023年02月04日




■待ち望んでいた映画が日本でもついに公開される。ポール・ヴァーホーベンの新作『ベネデッタ』は、17世紀のイタリアの修道院を舞台にした物語だ。ヴァーホーベン自身が本作の主人公ベネデッタを『氷の微笑』『ショーガール』『エル ELLE』のヒロインたちと親戚だというように、いつも強く美しい女性たちが彼の映画の中心に君臨していた。ただ美しいだけでなく、強く、聡明で、邪悪さも持ち備えている。
 両親に連れられて幼い頃に修道院にやってきたベネデッタ(ヴィルジニー・エフィラ)は、18年をそこで過ごしやがて大人になる。そしてある日、修道院に逃げ込んできた一人の若い女性バルトロメア(ダフネ・パタキア)を助けて修道院にいられるようにする。彼女からは母の死後、父親から奴隷のように扱われ、性的虐待を受けていたということが明かされる。夢のなかでお告げを受けたベネデッタは、自身が「イエスの花嫁」として選ばれたことを信じ、やがて聖痕が現れる。周囲はそれを奇跡として、ベネデッタを特別な存在と見做し、修道院長にまでのぼりつめる。
 実在する修道院での同性愛裁判記録から着想を得たという本作。修道院長になったベネデッタとバルトロメアが広い部屋のベッド抱き合う姿は、悦びに満ち溢れ、近年見たラブシーンのなかでも飛び抜けて官能的だった。バルトロメアへの愛は、自分と真逆の性質を持つ彼女への憧れのようなものだったかもしれない。あるいは底を知らない欲望そのもの。バルトロメアの挑発的な視線を前にしたときの、ベネデッタの幼子のような目や、木彫りのマリア像を玩具にして戯れるふたりを覗き見る前修道院長であるシスター・フェリシタ(シャーロット・ランプリング)のあの緊張感。ヴァーホーベンの作品において、いまにはじまったことではないが、なんともフェティッシュな要素が散りばめられる。
 ベネデッタの身体に現れた聖痕や、イエスの声を代弁することが自作自演かどうかということは本作においてもはや重要ではない。痛みはエクスタシーに変わり、エクスタシーはエスカレートする。最後の最後に至るまで、美しく目が離せない。ペストの死の影に人々が怯えるなかで、堂々たるこのカリスマ性を前にひれ伏すような感覚で、私はこの映画を見ていた。本年度すでにしてベスト級の作品である。
 ベネデッタを演じたヴィルジニー・エフィラは前作『エル ELLE』にも出演し、今後のヴァーホーベン作の常連になることを期待する。バルトロメアを演じたダフネ・パタキアは昨年公開の『ファイブ・デビルズ』にも衝撃的な役どころで出演しており、注目すべき素晴らしい俳優の一人だ。前回の連載で書いた『すべてうまくいきますように』でもシャーロット・ランプリングのことを書いたが、今回もシスター・フェリシタという重要な役どころで出演している。意地悪いシャーロット・ランプリングもまた素晴らしいというか、何をしても素晴らしいのだけど、ぜひ見てほしい。



 続いて、『日の丸~寺山修司40年目の挑発』をご紹介したい。1967年に放送されたTBSの『日の丸』は、TBSの萩元晴彦がディレクターをつとめ、構成を寺山修司が担当したテレビ番組だ。その前にふたりがつくった『あなたは…』という番組では、街中の人たちにひたすら質問する。突然、説明もなしにマイクを向けられ早口で質問を受ける。それと同じことを、テーマを日の丸に変えたのが『日の丸』だ。それから約55年。同じ質問を、94年生まれのTBSディレクターであり本作の監督佐井大紀は問いかける。
 寺山はしみじみ言葉の人だ。歌人でも、映画監督でも、劇作家であろうと、テレビの構成を担当しようと、言葉の人である。先日、大岡山の小劇場に大久保千代太夫一座の寺山修司の朗読劇を見に行った。ストーリーはなく、オムニバス的に寺山の映画や詩集から選ばれた言葉を役者たちが叫ぶ。だがそれだけですっかり面白くなってしまうのだ。それが寺山のすごいところでありおそろしいところだ。寺山が政治家にならなくてよかった、と思う。
 『日の丸』でインタビュアーが街ゆく人に投げかける質問は、機械的な喋り方の演出も手伝って、言葉のインパクトを増す。同じ言葉をTwitterのDMで文字で問いかけてみるも、思うような反応が返ってこない。携帯を捨てて街に出て問いかけてみると、人々の反応は67年当時とそう変わらない。この試みだけですでに興味深い。
 生真面目さはありながらもテレビドキュメンタリー的に変に真面目な感じはなく、また寺山的なおどろおどろしいアングラ感もない。寺山的な実験を現代にやってみるこの考察は、ノリだけでいえばYouTubeにあるような「〇〇をやってみた」感覚に近いような気さえする。その軽妙さに少々驚きながら楽しくなってくる。面白いのは、映画の後ろ側に隠れていたはずの監督が、徐々に画面のこっち側に、映画の画面から押し出されるかのように迫り出してくるところだ。どこまでが最初から意図したことなのかわからないが(寺山の影響を受けたのなら自覚的にやっていることもあるわけで)、あの妙な存在感は、悠長に映画を見ているものにとってちょっとした危機感であり、次はいつこちらにマイクを向けられるともわからない緊張感が走る。「日の丸といったらまず何を思い浮かべますか」「日の丸の赤は何を意味していると思いますか」「日の丸はどこに掲げたら美しいと思いますか」……質問はまだまだ続く。きっとこれを見た人はもれなく自分なりの答えを頭に思い浮かべるはずだ。日の丸に対する質問はやがて、日本人とは、国家とは、という問いかけになる。本作では『あなたは…』のインタビュアーだったシュミット村木眞寿美さんへのインタビュー、ひいては対話のシーンも登場する。『日の丸』でインタビュアーを務めた女性とは連絡が取れなくなったことが明かされ、そして彼女が当時受けた批判(マイクを向ける暴力という番組への批判は彼女への批判にも当然つながる)へ思いを馳せる。
 「最後に、あなたが日の丸に対して言いたいことを一言で言ってください」。いくつもの質問があるなかで、私はこの質問に対する答えがすぐに思い浮かばなかった。言いたいことがなかったのだ。挑戦的な目でじろりと睨みつけられるような気がする。あなたもぜひ、この挑戦に乗ってみてほしい。
(俳優・文筆家)







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