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評者◆ぱるころ
本物の「悪」は、過ぎ去った後で気づく……
悪と無垢
一木けい
No.3577 ・ 2023年02月04日




■第一話『奈落の踊り場』を中心に紹介したい。
 母の愛情に恵まれなかった主人公のユリ。結婚後は夫からDVに遭い、一人息子は重いアレルギーがあるうえ成長も遅い。その息子を帝王切開で出産したとき、母から「それは異常だからだ」と言われる。さらに義母からは「楽して産んだ子だからって、虐待したりしないでね」と言われる。なぜそんな酷いことが言えるのだろうか。だが、ここはまだ「奈落の底」ではない。
 あるときユリは一人で訪れたイタリアンレストランで、店員の真崎と親しくなり男女の関係に。息子と真崎との生活を思い描くことで日常を乗り越えてゆくが……真崎が妻子持ちであることが思わぬ形で判明した上、音信不通に。自宅や勤務先を訪ねても手がかりすら見つからず、まるで真崎という人物が初めから存在していなかったかのようだ。
 離婚して再婚することを伝えていた父に全てを打ち明けると、父は言った。「その男よりやばい奴がいるよね。一番変なのは、そいつの母親じゃない?」
 確かにそうだ……真崎の母親は優しくて美しく、将来の嫁と孫に対してお節介なほど親切にしてくれた。
 母親の名は、英利子という。
 続く『馬鹿馬鹿しい安寧』『戯れ』『カゲトモ』も、英利子が年代と場所を変え、ときには風貌さえも変え、現れる。助けを求めている人に手を差し伸べ、時間をかけて弱い部分に入り込む。そして最後に、思いっきり突き落とす。標的にされた人間は、全てが過ぎ去った後で、それが「悪」であったことに気づく。
 最終話『きみに親はいない』では、英利子が「亡くなった」と周囲に話していた娘の汐田聖が、新人作家として登場。母親について書くことを決意し、英利子と関わった人物を取材する。ここで全ての時系列と関係性が整理され、再びプロローグに戻ったとき、その場面は違う見え方をする。
 英利子が聖を遠ざけた理由は、「コントロールしにくいから」。これまで英利子から標的にされた人間の中でも、全てを失った人とそうでない人がいるのは、この違いによるものであろう。
 全てが繋がる瞬間は、怖いもの見たさのような感覚。さらに、英利子という「悪」を描くのみでなく、聖が「家族について書く」という大きな決意をし、作家としても人間としても殻を破ろうとする強さが、物語に奥行きを与えている。







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