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評者◆殿島三紀
コロナ禍を予言した映画――監督 イウリ・ジェルバーゼ 『ピンク・クラウド』
No.3576 ・ 2023年01月28日




■12月には『少年たちの時代革命』『天上の花』『猫たちのアパートメント』等を観た。
 『少年たちの時代革命』は2019年、香港で起きた民主化デモを舞台にした劇映画だ。監督は本作がデビュー作となったレックス・レンとラム・サム。表現の自由を制限された香港で彼らは極秘裏に本作を制作した。監督も新人なら俳優たちも演技経験のない新人だが、コロナ禍のデモ現場でのゲリラ撮影など疾走感みなぎる映像はドキュメンタリー映画と見紛う青春群像劇である。
 『天上の花』。片嶋一貴監督作品。萩原朔太郎の娘・萩原葉子が1966年に著した「天上の花 三好達治抄」が56年の時を経て映画化された。朔太郎を師と仰ぎ、その美しい末妹・慶子に想いを寄せる三好達治の激しい愛を描いた本作。「太郎の屋根に雪降り積む」の牧歌的なイメージが強い三好の思わぬ一面を知らされた作品だ。
 『猫たちのアパートメント』。チョン・ジェウン監督作品。再開発が決まり、住民の引越や取壊し工事が始まったソウル市内のマンモス団地。ここには住民に見守られながら250匹の猫たちが暮らしていたが、彼らもまた安全な場所に移住させねばならない。団地に住むイラストレーターや作家、写真家などの女性たちが中心となった「遁村団地猫の幸せ移住計画クラブ」の活動を2年半にわたって記録したドキュメンタリーだ。猫好き必見。
 さて、新年第一弾に紹介するのは『ピンク・クラウド』。朝焼けの海の向こうにピンクの雲が漂っていれば思わずその美しさに見惚れるだろう。遠くから眺める分にはその雲は美しくただ愛でていればいいのだが、実は、それは触れると10秒で死んでしまうという怖ろしいものだった。その上、正体不明で対処の仕方もわからない。できることはただただ自分のいた場所に留まり、移動しないことだけだ。これって私たちが3年前から経験し、いまも完全に立ち直ったとはいえないコロナと同じではないか。
 イウリ・ジェルバーゼ監督が『ピンク・クラウド』の脚本を書いたのは2017年、撮影は2019年だったが、当初はSFスリラーとして構想されていた本作が、あのパンデミックで一変した世界の現実にもろかぶってしまった。もはやSFどころか観客は皆あの日々を追体験することになる。窓ガラス一枚を隔てた外の世界がピンクに染まった映画の登場人物と期せずして重なってしまった私たちの日々。慣れ親しんだ日常が奪われ、決して望まない非日常が日常になっていく。SFが期せずして予言映画になってしまった。
 一夜限りの関係の筈だった男女が朝を迎えると窓の外にはピンクの雲が立ち込め、驚き立ち尽くす彼らを襲う警報。二人は窓を閉め切って高層アパートにこもり、長くて数週間で終わるであろうロックダウン生活に入る。数週間が過ぎ、数ヶ月が経ち、月日が流れ、誰もがこの生活は終わらないと悟り始めた頃、その場限りの関係だった男女は現実的な役割を果たさねばならなくなる……。
 本作を分類すれば、ディストピア映画ということになるか。ユートピアは理想郷だが、ディストピアは反理想郷、絶望郷だ。ディストピアを描いた映画にはよく知られたところでは『1984年』『ブレードランナー』などがある。キム・ギドク監督の『人間の時間』(18)はえげつないほどエロでグロなディストピアだった。血と汗と機械油と吐瀉物の世界。しかし、本作はピンクのディストピア。機械油の匂いも血の匂いもない。ピンクの雲とディストピアとはなんとも矛盾した組み合わせのようだが、透明パネルで仕切られ、医師も看護師も防護服でがちがちにガードされ、清潔だけれど画一化したコロナディストピアを経験している私たちにとっては案外すんなりと納得できる。本当の絶望は美しい衣を着ているものかもしれない。
(フリーライター)







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