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評者◆凪一木
その175 あの世なんてあるのだろうか
No.3576 ・ 2023年01月28日




■一〇月に新刊『Ⅴシネマ最期の弾痕』(ぺりかん社)が出る(これを書いている時点)。映画人へのレクイエムだ。
 死んであの世で、誰それと酒を酌み交わしていることであろう、などという紋切り型の文章は出てこない。死んだら酒は飲めない。
 喩えとして合っているかはともかく、糖尿病患者が蜂蜜だらけのお風呂に頭まで浸かるかのような、最愛の楽曲を爆音で浴びるかのような、そんな文章を、ある種の人に届けたい。まともに正面から向かって伝えたい。一番欲しい言葉の荒れ狂った嵐が、存在ごと、人生ごと、吹き飛ばすかのように。そんなことが可能なのか、自己実験しながら書いている。それがこの本だ。その理由は、あの世などないと思っているからだ。
 以下は、科学的な話でも、宗教的な話でもない。「あの世」についてだ。
 ビル管は老人社会であるから、必然「死」の話題が多い。死ぬまでの時間をどう過ごすか。老後の問題は、現在形でそのままであり、そして、死んだなら、「あの世」はあるのか。これが大問題だ。一般社会よりも暇で、年寄りの集まりだから、実によく話題となる。
 同じ会社で給料もほぼ同じなのに、また他社であっても、ビル管世界に違いなし。なのに、金額で争い、幸せ度を競う。それはとにかく老後の心配があるからだ。日本という国は若者でも、それが最大関心事ではないか。「結婚したくない」という表明は、裏に「配偶者を獲得する自信がありません」という経済的な問題が隠れている。
 二〇二二年九月二三日放送のNHK・Eテレ「あしたも晴れ!人生レシピ」は、特集「50代からお金を貯めるには」である。もう私は遅い。六〇歳にして貯金ゼロだ。講師として、ファイナンシャルプランナー深田晶恵が登場する。深田式老後資金の目安は、夫婦二人で二〇〇〇万円(九〇歳死亡の場合)という。♪どさきゃいいのさ、この私。
 二〇二一年一〇月三〇日公開の映画『老後の資金がありません』は、タイトルも直接的で身も蓋もないが、内容も、低所得者の私には、身に摘まされる。ハッキリ言って不愉快だ。貧しくてちまちまとしたロールモデルを示しているに過ぎない。老後二〇〇〇万という数字は、二〇一九年金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」の報告書に「老後の三〇年間で約二〇〇〇万円が不足する」と発表されたことによる。この映画も、御上からの圧力かと勘繰りたくなる。
 天海祐希の主人公一家は、預金額七〇〇万だ。父親が亡くなり、葬儀費用三三〇万、戒名八〇万、香典四二万×三〇人、香典返し二一万で赤字三八九万円。娘の結婚式費用三〇〇万円。毎月義母に仕送り九万円。月五〇〇〇円のヨガ教室。年金六万円。九万四〇〇〇円のバッグ。四八〇〇円の高級喫茶店。二万四〇〇〇円の和牛。夫の松重豊は結局、ハローワークで「五六歳で一社しか働いたことがない人を雇いますか。あなた、本気で働く気があるんですか」と怒られ、警備員になる。非現実的なラストとなる。
 たいていの人間は、あの世など「ない」ことは少なくとも薄々気付いているはずである。それでも、想像が楽しいのか、ついついウソでも偽物でも信じたり、利用したりする。
 あの世というものは、私もないと思っている。理由は、三つある。一つは、無限であるという概念である。(この世で)死んでも、あの世に生が存在するということは、そこでは死なないということになる。永遠の生だ。そこには、これまでの人類の全てがそこに存在することになる。聖徳太子もナポレオンも、六〇〇万人ともいわれる虐殺されたユダヤ人もいる。ネアンデルタール人もいるのか。とにかく、人で溢れかえっている。さらに、どんどんと新入りがやってきても、減ることはない。時間も空間も無限だ。そうなった世界では、この世の人生観が通用しない。しかし、「あの世」は、この世の人生観の持ち主の産み出した概念である。この世の言葉で、「無限」が説明されなければならない。ゆえに矛盾する。
 次の理由は、あの世では、死んだときの年齢のままだということだ。永遠の生ならば、歳の取りようもないからだ。あの世では、この世で長生きした者は、永遠に長老として生き、若くして死んだ者は、永遠の若造として生きざるを得ない。若くして死んだ者は、かつての同世代が、「この世」から爺さん婆さんとなってやってくるのを目撃する。そしてともに別世代として過ごす。あの世でも死があるのなら、「あの世に行けば会える」と思っていた人が既にいない場合もある。あの世で死んだなら、あの「あの世」に行くのであろうか。
 三つ目の疑問は、あの世では、新たな誕生というものがないことである。この世と、同じように恋愛しても、子供が産まれることはない。子が親を抜いて成長すれば、その子は永遠の生ではなくなる。それはあり得ないので、新たな誕生のない世界である。しかし誕生がないならば、いったい食糧その他をどうやって生産するのだろうか。
 以上の三点は思い付きであり、深く考えるなら、もっと不具合やおかしなことが出てくるだろうことは容易に想像がつく。多くの人は馬鹿馬鹿しいので、こういうことは考えない。或いは、予め「物語」であることを了解して生きている。ただ、それがゆえに、「あの世」があるかのような物語が、いつまでたっても、娯楽として以外にも使用され、利用され、道具とされる。私は、そのこと(あの世があるかのようなこと)を、考えないか、了解して生きている人よりも、嫌がって生きている。
 安倍晋三元首相銃撃以来の統一教会問題を見ていて、こういう認識(詐欺被害も含む)自体を成立させているのは、既に存在する幻想の物語によってである。それは想像力の為せる業だ。幻想を抱けるのはある種の財産だ、と山田太一はいっている。とはいえ、物語は諸刃の剣だ。種の存続の鍵でもあるが、人類の悪い癖でもある。滅亡の引き金にも成りかねない。
 「あの世」は、物語の鬼っ子であり、無意味な余録であり、本来は日々の生活を賑やかす肩の凝らない遊びに過ぎない。あまり力を与えるべきものではない。
 ビル管はほぼ地味でつまらない人種ばかりだ。そのせいか、騙されたりするくらいの方が、世間並みで、派手で色気のある人生にも思える。もちろん私も地味でつまらない色に染まってきている。第二の人生、二四時間でいうと、午後の六時過ぎぐらいだと思うのだが、あの世みたいな「この世」である。そこに棲む男の、あの世にいると思われる人たちの「この世」について書いた本である。
 新刊である。
(建築物管理)







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