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評者◆睡蓮みどり
「人間らしく生きる」とは――フランソワ・オゾン監督『すべてうまくいきますように』、 イウリ・ジェルバーゼ監督『ピンク・クラウド』
No.3575 ・ 2023年01月21日




■年末のカウントダウンはちょうどドキュメンタリー映画の撮影だった。映画とともに1年を終え、また新たな1年を迎えられたことになる。とにかく創作活動をしながら年明けを迎えられたことが嬉しい。なんとか生き延びて年越しをすることができた、というのが昨年の感想だ。性暴力被害の当事者として邦画界に喧嘩を売ってばかりいるようで、心身ともに楽ではなかったが、まだ終わったわけではないので,今後もどうにか事実が明るみになり、業界全体が健全化することを願っている。皆様にとっても素晴らしい一年となりますように。
 今年早速外せない一本として、ハリウッドの#MeTooのさきがけとなったプロデューサー、ワインスタインの加害騒動とニューヨークタイムズの女性記者の奮闘に迫った『SHE SAID / シー・セッド その名を暴け』をあげておく(1月13日より、TOHOシネマズ日比谷他、全国公開中。他媒体で恐縮だが、こちらの作品については「キネマ旬報」にエッセイを書いているので、お読みいただけたら嬉しいです)。年明けから素晴らしい映画が続く。本連載では、死を見つめることで人間らしく生きることは何かを考えさせられる映画2本をご紹介したい。
 心待ちにしていたフランソワ・オゾンの最新作『すべてうまくいきますように』は、脳卒中で倒れ安楽死を願うようになった父と、作家である娘の物語だ。昨年9月に亡くなった映画監督ジャン=リュック・ゴダールを思い出さずにはいられない。自らの意志で最期を選んだというその報道に少なからず衝撃を受けたものだが、そう思うのは、安楽死が認められていない国の感覚でもあるのかもしれない。人為的に寿命を縮めることになる安楽死は日本では禁止されている。昨年、早川千絵監督が『PLAN 75』のなかで、75歳以上の人間がその最期を選べるようになるというフィクションの世界を描いた。フィクションというクッションがあるからこそ向き合うきっかけになる良作であったが、現実の選択肢として目の前に突如ふりかかれば、娘のエマニュエルのように、動揺するに違いない。安楽死を選べる国は欧米のなかでも限られており、国やエリアによって基準が異なる。医師が薬を投与することを認められている場合と、あくまでも自ら服薬しなければならない自殺幇助の場合。また、海外からの希望者を受け入れるのは、本作でも登場するスイスだけである。
 希望者は誰でも選べるのか、本作のように限られた裕福な人間だからこそ選べるのかという点においても状況は異なる。貧困が進み、未来に希望が持てず、半ば強制的に死を選ばざるをえないことと、人間らしく死んでゆきたいというある種の希望を抱いて自ら死を選択することは意味が全く違う。人間として死んでゆきたい。もしそれが叶うなら、そうしたいと願うことはごく自然な感情のような気がする。ただ意志もなく、多くの人の世話になりながら、生きながらえるだけなのは嫌だ。しかし、周りにとってはそうではないだろう。娘にとって「終わらせて欲しい」という父の言葉はずしりと重くのしかかる。
 本作の原作となっているのはエマニュエル・ベルンエイムの自伝的な小説だ。『まぼろし』『スイミング・プール』などで共同脚本をつとめてきたオゾンの友でもある。彼女の死後、彼女についての物語をオゾンの手で映画化する。オゾンは自分が撮るべき題材を選び、確実に映画というかたちにする作り手だ。多作なので、もっと年上の気がしていたがまだ55歳と若い。スリリングで官能的な作風からぐっと落ち着き、静かな時間が流れ、本作ではいい意味での老いを感じる。
 父と娘の関係だけでなく、浮かび上がる家族模様からも目が離せない。誰一人としてハマり役でないひとがいない。パーキンソン病と鬱を患っている彫刻家の母にシャーロット・ランプリング、仲良しでありライバルでもある妹をジェラルディーヌ・ペアスが演じる。ふたりともオゾン組の常連俳優だ。皮肉屋で知性がありお茶目な面も持つ、そしてゲイでもあるという“父親”らしからぬ父を名優アンドレ・デュソリエ、そして作家である娘エマニュエルをオゾン組初参加のソフィー・マルソーが演じる。オゾンは本当に俳優を自然に、魅力的に撮る。歳を重ねてゆくことや刻まれた皺が美しい。疲れが美しい。必見。



 もう一本、『ピンク・クラウド』は、突如出現したピンクの雲に触れたら10秒で死んでしまうために、外に出ることができなくなって隔離された世界のお話だ。長編は初というブラジルの女性監督イウリ・ジェルバーゼがメガホンを撮る。現代の寓話のようであるが、コロナが出現する前に企画・撮影されたという。ジョヴァナ(ヘナタ・ジ・レリス)とヤーゴ(エドゥアルド・メンドンサ)は一夜の関係で出会った男女だったが、家に隔離されることで共同生活を余儀なくされる。よく知っている相手でも、深く愛し合った相手でもない。過去を共有していない相手と、未来があるのかわからない世界で現在と未来を共にしなければならない。ポップな憂鬱さが蔓延したこの世界でどう生きるかが問われる。
 ジョヴァナは空に浮かぶピンクの雲が憎たらしくてたまらない。やがてふたりの間に息子が生まれるが、当然その子どもは外の世界を体験したことがない。生まれてからずっと家のなかにいるので、その状況が自然なのだ。「雲が好き」と繰り返す息子の言葉からダメージを受けるジョヴァナの息苦しさが密室のなかで膨張する。
 マイケル・ベイ製作の『ソングバード』は、ロックダウンされた街でのSFで、話が壮大になりすぎてどこか現実味がなかったが、『ピンク・クラウド』は不思議なくらいリアルだ。会いたい人たちにも画面のなかでしか会えず、自然の空気を思いっきり吸い込むこともできず、生き延びるために配給される不味い食事を食べ、仮想現実の世界に逃げ込まなければ身が持たない。人間らしく生きることからかけ離れた生活そのものが緩やかな自殺であることを示唆する。出口のない悪夢から抜け出すために、何をするか。SF映画が面白く恐ろしいのは現実と地続きであることを思わせるからだろう。本作は確かにこの世界の延長線上にある。この憂鬱さを噛み締めて、なんとか人間らしく今年を生き延びたいと思うのだった。
(俳優・文筆家)







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