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評者◆凪一木
その173 いよいよ国葬反対デモ
No.3574 ・ 2023年01月14日




■私の勤務する官庁ビルから国会議事堂は近い。警視庁も近く、警備が厳重な割には、私がこの町(霞が関)に来て直ぐの三月三〇日、外務省に車が飛び込んでいた。いや、ある省では、不審者が入ってくるのを、老人部隊の警備員が止められず、乗り越えて、中で職員が差し押さえたという。これらの事件は、意外に小さく扱われて話題にもならず、また忘れ去られ、報道されなかったりもする。何と八月には、議員バッジで、各省に二二歳の不審者が入っていた。いずれ詳述する。
 そして警戒態勢の中、お約束なのか、年中行事なのか、ほぼ毎日、議事堂前や、最高裁前、検察庁前などでデモ行進やプラカードによる抗議が行われる。
 ビルの中にいる人たちは、基本的に迷惑がる。役人はもちろん体制の人間であり、お上の側であるからして、革命やアナキストやテロなどには興味もない。そしてビル管(設備員や清掃員)はどうであるかというと、本音はともかく、やはり迷惑がるのである。役人が国家の飼い犬だとすれば、ビル管は、犬小屋の管理人であろうか。
 同僚の漫画研究者は、「この世に二つ嫌いなものがある。それはゴキブリと共産党だ。だから宮崎駿のアニメは見ない」という。別の同僚は、「寅さん(『男はつらいよ』シリーズ)は観ない。監督の山田洋次は共産党だから」。東宝争議を闘ってきた共産党分子に始まった日映演とそれにつづく中央映画撮影所の人たちと長く付き合ってきた私からすると、もちろんそれらの「共産党嫌い」の言葉が響いてはこない。だが、根強い嫌韓や赤旗嫌いのしつこい強度は、おそらく安倍政権からだが、薄っぺらく日本を覆っている。共産党を罵る日本人が、何を感じ、どこまでその党と作品をイメージしているのかはわからない。それが本音なのかも分からないが、一般市民の感情は、一票を投じる程度の段階で、思考停止とまではいかなくとも、ブレーキを踏んでいる。
 安倍元首相の国葬に私は反対だ。だが、上記のブレーキを踏み分けながら揶揄する人もいる。
 曰く「普通に死んだ人を弔えないのか。世界に恥をさらす。国際社会の笑い者となる」「お別れの会の費用一六億は国民一人辺り一三円。血税と騒ぐな」「デモをやめれば警備費用が減る」。
 九月一八日の内田樹のTwitterはこうだ。
 〈デモというといつも異議あり少数派による「ごまめの歯ぎしり」的なものでしたので、世論の支持を背景にしてデモをしたのは初めてのことでした。〉
 経緯を改めて書くまでもないが、安倍元首相が七月八日暗殺され、その四日後の一二日に、東京・芝の増上寺で葬儀は済んでいる。河瀨直美NHKドキュメントの恣意的表現とは違って、「おカネをもらって」来ている人たちと私は思わないし、書かない。大喪の礼のときほどではないが、結構な数の人が沿道を埋めていた。それから二日後のことだ。突然の首相の「国葬」表明である。
 〈国の行事である以上、主権者国民の直接代表で「国権の最高機関」(憲法41条)である国会の意思表示(法律か決議)と、日本国の財政処分権を有する(憲法83条)国会の承認が不可欠なはずである。にもかかわらず、岸田政権は、なぜか頑なに国会審議を回避して、閣議決定だけで国葬を強行しようとしている。そこに主権者国民の世論が反発して、「安倍国葬」に反対する政治運動が盛り上がってしまったのである。言うまでもないことではあるが、政権側が頑として理解を拒むので改めて言っておくが、国葬という公的行事には法的条件と政治的条件が必要である。法的には国会の意思の証し(法律か決議)が不可欠である。さらに、政治的にはその故人を国葬で遇することについての国民的合意の存在である。〉(『日刊ゲンダイデジタル』9/18小林節)
 この言に限らず、多くの「信頼できる」弁護士や法学博士などが指摘するところである。例外的なトンデモを取り上げての解釈を持ち上げるわけではない。いや、むしろ、国葬賛成派の主張はお粗末で暴力的で、頓珍漢なものばかりに読める。
 ところで、前のビルで、小石先生の暴言を紹介した。「この台風で、ホームレスが皆流されちまえばいいんだ」。そう言って薄笑いを浮かべたのだ。今の官庁ビルでは、こう言い放つ人間がいた。「この台風で、デモの連中が皆、流されちまえばいいんだ」。
 NHKプレミアムドラマ「風よあらしよ」で、永山瑛太演じる大杉栄が、吉高由里子演じる伊藤野枝に向かってこう言う。「村人に同情するだけなら子供にもできる。僕だってもちろんそれぐらいは知っていた。だけど、現実に行動を起こすことをしなかった。大きな声では言えないが、村人がみんな揃って、溺れ死んでしまった方が、注目されて良いんじゃないかとさえ思った」(脚本矢島弘一)
 二〇一八年一〇月二〇日号の図書新聞に、『「右翼」の戦後史』(講談社現代新書)について、安田浩一インタビューが載っている。
 〈関東大震災時の朝鮮人虐殺事件(中略)がもう起きないと言い切ることが、はたして出来るのか。(中略)週末の昼間に日章旗を掲げて練り歩くデモ隊も嫌だけれども、本当に恐怖を感じるのは、喫茶店や飲み屋、あるいはスーパー銭湯のように多くの人が集うなかで、排他的なもの言いが飛び交ってしまうことです。(中略)今の右翼と、一般の社会でそうした言葉をはく人々には、もはや差がない。もう十分に、そうした言葉をためらいもなく吐き出すことが可能な社会になっている。(中略)百田尚樹であったり、高須クリニックであったり、知名度もあり影響力もある人間が堂々と差別と排外主義を煽っていて、どうせネット上の言論だからと捨て置くことはとてもできなくなっています。彼らに特徴的ですが、(中略)いつも笑っていることなのです。(中略)誰かを批判するとき、差別するとき、誰かの死を願ってしまう時に、つねに口元が緩んでいる。〉
 国会議事堂の前を、私はいつも見ている。国会図書館の過剰利用者だからだ。デモでなくとも、アジビラ活動、少人数のシュプレヒコールなどが、結構顔を覚えてしまうほどだ。彼らはここ何年も時を過ごし、かつ疲弊している。皆、もうかなりの高齢だ。同窓会で人が消えていくように、倒れ、脱落し、参加できなくなっていく者もいるだろう。デモに参加していた編集者高瀬幸途は、生前笑顔で語っていた。
 「これからが面白くなるんだ。老人は暇だからね」
 九月二七日元首相を送るというその日、会社を休んで、私も国会前に立つ。
(建築物管理)







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