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評者◆粥川準二
自民党政調会長の「マスクをしているのは日本人だけ」発言から日本社会の選択を考えてみる――萩生田光一は本当に「科学的な知見に基づいて」国民にマスクを外させたいのだろうか?
No.3571 ・ 2022年12月17日




■自民党の萩生田光一政調会長が、岐阜市での同党の会合で「今、国際会議に行って、マスクをしているのは日本人だけ」と発言したことを『朝日新聞』が報じた(無署名「「マスクしているの日本人だけ。対処の仕方変更を」自民・萩生田氏」、同紙、一一月二三日)。
 マスコミは発言の一部を切り取って伝えるのでフェアではない、としばしば批判されるが、同紙はこの発言の前後を四段落使って再現している。
 萩生田は「日本は「鎖国」をして、こんなに国民がまじめにマスクをして、それでも感染者数は大体世界標準になっちゃった」とも発言している。だが、「鎖国」をしたのは日本だけではない。多くの国が出入国の際に厳しい手続きを設けたのは周知の事実である。「感染者数は大体世界標準になっちゃった」というのもミスリーディングだ。たしかに現在、日本の一日当たりの感染者数(新規陽性者数)の割合は、欧米各国と同程度になっている。しかしこれまでの累積では、感染者数も死者数も世界的に見てかなり少ないのである。
 実際、政府分科会会長の尾身茂は萩生田発言に先立って、「日本がいまだにマスクをして他の国より遅れているという声がある。しかし日本の人口10万人あたりの死亡率は圧倒的に低い」と釘を刺していた(富山テレビ「尾身会長に単独インタビュー 「“第8波”は緊急事態宣言や重点措置出しても意味がない」対策や見通し明かす」、FNNプライムオンライン、一一月一五日)。
 萩生田は「ここは冷静に、科学的な知見に基づいて、コロナの対処の仕方を考えていかなければいけない」とも述べている。だが、マスクの有効性を示す科学的知見は数え切れないほどある。
 たとえば、アメリカの疾病管理センター(CDC)は、マスク着用者と非着用者を比較したところ、マスク着用によって新型コロナの陽性となるリスクが下がることをその『週報』で伝えている(MMRW, February 11, 2022)。同様の傾向を明らかにした研究結果は医学誌・科学誌で報告され続けている(最近では、Cowger et al.,NEJM,November 24, 2022、など)。
 日本では感染者数も死亡者数も少ないことの理由は、専門家たちにとっても不明であるらしい。筆者は説得力のある説明を読んだことも聞いたこともない。そもそも理由となる要素は複数かもしれない。その一つに高いマスク着用率が含まれるとしても不思議ではない。だとしたら、第八波の渦中である現在、少なくとも室内で、複数の人がいるときには、マスクをするのが無難であろう(なお「国際会議」は通常、室内で行われる)。
 また、「マスクをしているのは日本人だけ」、つまり海外の人たちはマスクをしていないというのは、日本人もマスクを外すべきということの理由になるだろうか? 国によって人口構成も医療政策も文化・習慣も異なるのである。そうした違いを前提とするならば「日本人だけ」というのは、どのようなことの理由にもならない。何でも海外――というか欧米――の真似をすればいいわけではない。
 萩生田は本当に「科学的な知見に基づいて」国民にマスクを外させたいのだろうか?それとも、海外(欧米)に合わせて、であろうか? さらにいえば、萩生田は海外ばかりを見ていて、北海道の現状を知らないのであろうか?
 一一月二九日現在、東洋経済ONLINEの特設ページ「新型コロナウイルス国内感染の状況」など各種データサイトによれば、北海道では感染者や死亡者が急増している。一一月二九日には、一日に五八人もの死亡者が出たことが記録されているが、これは今回のパンデミックが始まって以来、最高の数字である。
 たとえば旭川市では、医療機関が逼迫し、救急患者の受け入れ先がすぐに決まらない事例が急増しているという(無署名「旭川市で搬送困難事例が急増 感染拡大で医療機関ひっ迫影響か」、NHK NEWS WEB、一一月二五日)。
 東京でも気になる傾向が見えてきた。「東京都の調査では、約1300人が死亡した夏の第7波では70代以上と持病がある人の割合がそれぞれ約9割を占めた。死亡率は波ごとに低下傾向にあるが、持病や全身状態の悪化で死に至るケースが多いという」(無署名「高齢と持病ありが9割 波ごとで異なる死亡率 第8波は」、産経新聞、一一月二三日)。国立国際医療研究センターの大曲貴夫は「死者は前提として高齢者が多く、進行したがん患者や心臓、腎臓が悪い患者は元々の持病の悪化が本当に速く、それで亡くなる」という第七波の傾向が第八波でも継続する可能性を指摘する(同前)。
 疫学者の西浦博も萩生田発言に先立って、「社会全体で緩和に伴う自由を手に入れることは、ヨーロッパの規模の感染や死亡を受け入れることにも通じるものです。その感染や死亡の増加と引き換えに、自由を受け入れているということに皆さん気づいているのかな?と心配になります」と指摘した(岩永直子「「8割おじさんはもう卒業」 新型コロナ第8波に向けて西浦博さんが訴えたい3つの対策」、BuzzFeed、一一月一〇日)。
 そして問題は、SNSなどでは、いつもは自民党に批判的な人たちまでが、海外(欧米)の様子に触れながら、萩生田とほとんど同じ発言をしていることだ。彼らの態度も、高齢者や持病のある人たちを切り捨て始めているように、筆者には見えてしまう。
(叡啓大学准教授・社会学・生命倫理)







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