書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆凪一木
その169 有休運動
No.3570 ・ 2022年12月10日




■モップスに『永久運動』という歌がある。ヴォーカルは鈴木ヒロミツだ。鈴木のほか、瀬川洋、トメ北川、早川義夫、忌野清志郎、加奈崎芳太郎、泉谷しげる、PANTAなど、七〇年代初期までは、持続的闘いのキーパーソンとなる歌い手が、労働者の、学生の前に常にいた。その後も遠藤ミチロウ、森山達也、大江慎也と声の運動体は続く。学びの、労働の、生きる糧になっていた。いまは思い浮かばない。いやAdoか。
 さて、有給休暇である。「そんなもの簡単に取れるだろう」という人と、「とてもじゃないが有名無実の世界だ」という人がいる。実態はどうか。
 二〇二一年厚生労働省発表の「就労条件総合調査」で、前年の取得率は五六・六%、取得した日数は一〇・一日である。この調査の数字もまた実態とかけ離れているものと思われる。本来貰える人が対象に入っていない場合もある。私の妻など、入社以来七年間過去一度も取っていない。「アルバイトだから貰えない」と法に無知な答えをする。労働基準法をプリントアウトしてみせても、「うちの会社では無理だ」と数々の言い訳をする。「じゃあ、俺が会社に言いにいくよ。文章でも何でも回答を求めるよ。単なる法律違反だよ」。そうしたら今度は「やめてよ。クビになる」と、泣きださんばかりの抵抗をする。何だ、これは。ニッポン会社教という、いかがわしい宗教の洗脳なのか。
 私の会社での取得率も全体としては(特に清掃員)、厚労省発表以下と思われる。取るのをほとんどの社員が躊躇している。ただし、私の取得による刺激もあって、前の現場では全員一〇〇%、今の現場でも八割ぐらいの消化率だ。私のいない現場で旧態依然というだけの話だ。取れよ。馬鹿野郎。だからこそ、有休運動を起こしたい。
 とはいえ、取りづらい理由に、自分の有給が不明という点もある。給与明細欄に「有休残日数」という項目があるのにもかかわらず、ほぼ全員(確かめたのは全員ではないから「ほぼ」と書くが)空白のままなのである。
 その前に、現場によって年間の有休の数が違う。前に私の現場だった民間会社のビルは毎月一〇日の一二〇日である。これが五反田では、夏休みとしてプラス二日あり年間一二二日である。今の私の現場は年間一二二日と一二六日の二通りである。私の目の前の官庁では、さらに残業特典があり給与がアップする仕組みになっている。東京西部のある病院では、年間約二〇〇日の休日で給与が変わらないという現場もある。つまり、その元である土台が不安定なので、残日数について不明なのだ。私自身、いつも計算と違う。
 それより何より入社以来六年にわたって、「明細に記載してくれ」と、この問題は、入社一カ月目の給与明細をもらったときから要求し続けている。その後も団体交渉での口約束、紙約束、すべて果たされることなく、曖昧に逃げられ続けている。厳密には、記載をしないことは法律違反ではないらしい。だが、そのことにより、有休が取りづらく、個人で把握できていないことも事実だ。
 これは日本独特だと思う。説明しない体質。有耶無耶にして逃げる体質。安倍晋三総理の時代から加速している。
 〈ボクは、アマゾンが自分たちに都合の悪いことは何でもかんでも隠し通そうとする姿勢に嫌気がさしたんです。小田原では作業中に亡くなった人を何人も知っています。けれど、亡くなった翌日に、花瓶に入れた花を飾るだけで、ワーカーさんには何も説明しないんです。〉(『潜入ルポ・アマゾン帝国の闇』横田増生/小学館新書)
 電車が急停車して止まったままなのに、乗客に何のアナウンスもしない。そのうち、「しばらくお待ちください」とだけ放送される。野球でプレーが中断しても、審判たちが集まりオタオタしたまま何も説明せずに時間だけが過ぎる。いつまで待たせるのか。ソフトウェアのインストールに要する時間は、残り何%と減っていく動線画像で表示される。だが日本の球場や電車内では、ただただ待たされる。
 統一教会の名称変更は誰なのか。法務大臣でなければ部長なのか。誰も自ら説明しない。皆で全体責任みたいなことを言っているうちに逃げられてしまう。安倍元首相が生前、嘘をつき、無視をし、シラっとした態度と、これらの日本人の態度とはダイレクトに繋がっている。
 統一教会の資金源として、日本が九〇%を支えているという。合同結婚式の参加費は韓国人一四万円に対し日本人は一四〇万という。日本人だけが、なぜそんなに勧誘に引っ掛かり、だまされてきたのか。ばかなのか。
 権威に弱く、同調圧力に弱く、集団に弱い。選挙に弱く、会社や業界の常識に弱く、冠婚葬祭に弱い。下心に弱く、情報に弱く、機械に弱い。良いカモで金づるとなる。有休を取らないのは、企業主のカモである。集金マシーンの加害被害のそれぞれと化す人間たちは、教団と政治家の双方にむしり取られ、人生を潰される。同じように、いくら働いても有休さえ請求できずに薄給で働きサビ残の末、自殺者まで現れる。清和会、日本会議、神道政治連盟、国際勝共連合(統一教会、世界平和統一家庭連合)、これらについて岸田総理は、ぶら下がりでも何でも良いから分かるように説明してくれ。国葬は、それらの説明のあとだろう。なぜ説明しないのか。
 『竜二』という映画がある。一九八三年の映画だ。ヤクザ社会でのし上がった主人公がやくざを辞める。行き詰まったわけでもなく、イケイケの絶頂時に虚しさを覚えて、堅気となる。妻は大喜びして竜二もその気になる。だが、しっくりと来ない。平穏無事な生活は幕を閉じる。ならば、一度見切ったヤクザ世界に戻るのか。竜二は夜の新宿歌舞伎町に紛れ込んでいく。
 ちょうど、私が浪人三年目で、この先どうしようかと考えていたターニングポイントに観た映画だ。結局は大学進学を断念し、コースから外れて人生を歩むことになる。堅気で生きるかヤクザになるか。その後は様々な仕事ののち作家業に辿り着くも、この連載を始めるときもまた、そこからサラリーマンに戻る。そして今なお迷っている。竜二は堅気になって、あの酒屋で有休を取っていたのか。
 『永久運動』は、♪血は止まれば死ぬ、という歌詞で終わっている。それが永久運動だ。私も言い続けなければ、のらりくらりとごまかし続ける企業や上司や審判や電車のアナウンスに対して、しつこく繰り返し言い続けなければならない。有休日数欄を埋めろ、と。
 少なくとも日本中に言ってやる。有休を取れ。全部取れ。そのうち歌が流れる。
(建築物管理)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約